「じゅるっ……し、失礼しました。身体がつい反応してしまって」
「落ち着いたか?」
「お腹の奥の疼き以外は何とか。もう大丈夫です、カイト様」
「そ、そうか。ならいいけど。……ん?」
「もう大丈夫です、カイト″様″」
よ、呼び方が。変わっている……。
フィオの性癖独白ゲートオープン開放から少し。未だ若干の息の荒さは目立つものの、どうやら時間が経って少しは落ち着いてくれたらしく。ようやく、まともに会話ができる状態へと戻った。
しかし、戻らないどころか変化してしまったこともあって。
「なんだその呼び方。やめろ?」
「ふふっ、やめません」
「やめろ。恥ずかしいから」
「なら、ご主人様の方がいいですか?」
「俺はお前の主人じゃない」
「あんっ♡ 塩対応……っ」
無敵かコイツは。
俺の言葉に、軽く喘ぎ声を漏らすフィオ。
……やりづらい。
やめるよう言おうにも、言葉選びを少しでも間違えると興奮させてしまう。……というか多分、どう足掻いても、どんな言葉を連ねても。このド変態はなんやかんやで色んな解釈をして発情してしまう気がする。それだけの″凄み″が、今のコイツにはある。
そんなわけで。俺はため息一つ、呼び方に関する言及をやめた。正確にはーーーー諦めたのだった。
「はぁ。もういいよ様付けで。話が進まないからな」
「っ! 私を飼ってくれるんですね!?」
「……」
「はっ! もしかしてペットよりもさらに下の扱い……サンドバッグですか!?」
「…………」
「えへへ。私のこと、ぼこぼこに殴ってください♡」
「………………」
……どうやらド変態というのは、放っておいても勝手に発情するらしい。
むしろ放っておくことすら(まあこれは、ドMに限った話だろうけれども)種にしてしまうようだ。なんとも末恐ろしい。
(もう、いいか)
すっかり冷めてしまったお茶の残り半分をぐいっと飲み干す。
俺はそれでも尚、放っておくスタンスを貫くことにした。
幸いにも発情している″だけ″だ。この後どうなっていくかは分からないが、ひとまず。今はまだギリギリ会話ができるからな。
このド変態とこれから関わっていくのかどうかは置いておくにしても。この先この世界で生きていくために、教えてもらいたいことが山ほどある。
「フィオ」
「!? はい、どうぞ!!」
「違う。お腹を出せなんて一言も言ってない。冷えるからしまえ」
「……はい」
しゅん。フィオは俺がそう言うと露骨に落ち込み、肩を落とした。
ぐいっ、と目にも止まらぬ速さで服をたくし上げ、露わになったお腹も。それと同時に再び服に包み込まれる。ーーーーちなみにおへそは縦割れでした。大変えっちで……ん゛ん゛っ。
駄目だ落ち着け。相手はド変態だぞ。あのお腹をぼこぼこに殴ってくださいと懇願してくる奴だぞ。
全く。あれでなまじ美少女だから本当にタチが悪い。
身体も。あの顔にあのプロポーションときた。フィオがド変態でなく普通にただの美少女だったなら、今頃どうなっていたことか。
……っと。そんなことを考えている場合じゃなかったな。
目で得てスクリーンショットしておいた情報を一度頭の奥にしまって。雑念を捨て、向き直る。
同時に、その刹那。頭の中で話を円滑に進めるための″設定″を作り上げ、それを元に。会話文を形成していく。
フィオには、できうる限りのことを教えてもらいたい。
しかしそのためにこちらの事情を教えることは……できない。
まあこの子なら、異世界転生なんて話も案外すんなりと信じてくれそうな気がしないでもないのだが。それでもやはり、話さない方が楽だ。
「そんなことより、聞きたいことがあるんだ」
「そんなこと!? むぅ、私にとっては大事なことなのですが……」
今のどこに大事要素があったんだよ……なんてツッコミを飲み込みながら。俺は、言葉を続ける。
架空の設定を、織り交ぜながら。
「俺は今、自分探しの旅ってやつの途中でさ。外の国……割と遠くから来たんだ。それも生まれが田舎だったからここらへんの勝手が全く分かってない。できれば、フィオに色々教えて欲しいんだよ」
「っ……!?」
彼女の顔に、分かりやすく驚きの表情が浮かんだ。
(……どこか変、だったか?)
いやまあ、変ではある。
ボロが出そうなのであまり深くは語らず、それでいてツッコミどころがでにくい感じにしたつもりだったが。やはり「自分探しの旅」ってのだけは若干無理があっただろうか。
しかしもう言ってしまったものは仕方ない。突き通さなければ。
「あ、あの。それってつまり……」
「?」
「いえ。なんでもないです」
間違いなく、なんでもなくなさそうだ。今明らかに何かを言おうとしていた気がするが。
「……分かりました」
ただ、聞き返そうかと考えている間にフィオは、どこか嬉しそうに言って。そのつぶらな瞳で俺を見る。
ーーーー本日何度目か分からない、心臓の大きな躍動を感じた。
「任せてください。この私が、なんでもお教えします!」
「お、おぉ……助かる」
「いえ。カイト様のお役に立てるなら、光栄です♡」
そうして、ありがたいことにやる気満々で一度立ち上がった彼女は、「でもその前に、長くなりそうですからお茶を淹れ直しますね」と二つの容器を手に、キッチンへと消えていく。
戻ってくると、容器からは際限なく湯気が立ち込めていた。どうやら懲りずにまた、熱々のものを注いできてくれたらしい。
「あち゛ゅっ!!」
「……」
まさかとは思うが。アイツ、舌の火傷にも……
いや、まさかな。