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第8話 ド変態のお昼ご飯

 とんとんとんっ。じゅあぁぁっ。


 小気味いい音がキッチンからこちらまで聞こえてきて、どこか和むような気持ちでお茶を啜り続けること数分。


「お待たせしました、カイト様!」


 宣言通り。お茶が無くなる前に、フィオは大皿に乗せた料理を運んできたのだった。


 その様は、まるで喫茶店のウェイトレスさんの如く。ゆったりとしたワンピース姿と彼女の素材の良さが相まって、配膳しているだけでもとても画になっている。


「お、できたか」


「ふふんっ。自信作です!」


 何杯ものお茶を胃に流し込んでいたことである程度空腹は抑えられていたものの、自信満々なフィオの持つ大皿に乗せられたそれの発する匂いによって、急速に。空腹感が込み上げてくるのを感じた。


 こんなに可愛くて、そのうえ料理もできるだなんて。なんてヒロイン力の高さだろうか(ド変態なところには目を逸らしつつ)。


 期待に胸を膨らませながら。ことんっ、とテーブルの上に置かれた大皿に目をやる。


 するとそこには、匂いに違わない垂涎必至の素晴らしい料理がーーーー


「……ん?」


「あ、まだ食べちゃダメですからね? 急いで食べたくなっちゃう気持ちは分かりますが、ちゃんと全品出揃って、二人でいただきますをしてからですよ?」


「お、おぉ……」


 フィオはそう言い残し、軽快な背中を見せながら次の皿を取りに行って、すぐに戻ってくる。


 圧倒されている俺を前に、四度。その動きが繰り返されて。あっという間に広いテーブルの上を料理と取り皿、ナイフ、フォーク、スプーンが埋めた。


「えへへ、ちょっと作りすぎちゃったかもしれません……。まあでも、カイト様は男の子ですもんね! 案外、ぺろっと食べきれちゃうかも? それじゃあ早速、いただきまーーーー」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


「?」


 きょとんとした顔で、フィオが首を傾げる。


「どうかしましたか? やっぱり量、多いですか?」


「い、いや。量は別にいい。食べ切れる……と、思う。多分。ただそれよりもまず、別のツッコミどころがあってだな」


「ツッコミ、どころ……?」


 フィオは言っていた。基本的に恩人とやらのお裾分けと、そこら辺に生えている野菜•果物で生活していると。ここら辺は自然が多いから、食べるものには困らないと。


 なんら不思議に思わず聞き流していたが、思えばそこで少しは疑問を持つべきだったのかも知れない。


 いやでも、まさか。ここまで″極端″だとは、思わないじゃないか……


「あ、あの。フィオさん。もしかして、いつもこんな感じのものばかりを食べて生活を?」


「え? うーん、そうですね。食べてるものは大体こんな感じかと。まあ一人の時はここまで凝らないですし、お恥ずかしい話もっと簡素なんですけどね」


「……そうか」


 目の前に並べられた大皿は、三つ。その全てに異なる料理が乗せられている。


 右から、まず一つ目。ーーーー炒め野菜の盛り合わせ。


 食べやすく切られた玉ねぎ(のようなもの)、ピーマン(のようなもの)、にんじん(のようなもの)、とうもろこし(のようなもの)を混ぜ合わせ、そのまま炒めて焼き目をつけた感じである。


 次に二つ目。ーーーー生野菜の盛り合わせ。


 キャベツ(のようなもの)、レタス(のようなもの)などの葉野菜が幾つかと、トマト(のようなもの)、きゅうり(のようなもの)等、生でも充分食べられる野菜たちが、こちらは少し大きめにカットされ、そのまま飾り付けられていた。


 最後に三つ目。ーーーー生果物の盛り合わせ。


 もも(のようなもの)とザクロ(のようなもの)がくし形切りされ、そのまま以下略。


 人の作った料理にケチをつけるつもりはない。こうやって用意してもらえるだけで、本当にありがたいのだが。それでもやはり、気になってしまう。


「フィオはあれか? ″ベジタリアン″ってやつなのか?」


「べじ……?」


「野菜とか果物だけを食べる人のことだよ」


「そうなんですね! えっと……はい。そういう意味合いなら多分、そうかもです」


「……ふむ」


 もしかしたらこの辺りで取れる自然を楽しんでもらうため、″あえて″これらをふんだんに使った料理にしたのかとも思ったのだが。どうやらそうではないらしい。


 普段から、これらーーーーいや、フィオの言葉を信じるならこれらよりももっと簡素なもの。おそらくほとんど生野菜と生果実のみを食して生活しているということだろう。


 野菜や果実を摂ることはとても大切だ。近年ではそれを怠り、身体を壊す者も多くいる。


 そういう意味ではまあ、別に悪いことではないのだけれど。ここまでのレベルの人は身近にいなかったのでつい、な。


 興味七割、心配三割といったところだった。


「あ、でもお肉やお魚が嫌いってことじゃないんですよ?」


「? そうなのか?」


 だが、その三割の方を気取ったのか。フィオは心配しないで欲しいとでも言わんばかりに弁明する。


「はい。どちらも普通に食べられますし、なんなら好きです。ただ……その」


「その?」


「お、お恥ずかしい話なのですが」


 お恥ずかしいところなどもう散々見せただろう、と喉元まで出かかって、飲み込む。


 幸いにもこちらから視線を逸らして恥ずかしそうに指先をいじいじしていてくれたおかげで、気づかれることはなかった。


 そしてそんな彼女は、言う。


「お裾分けで貰っているものも、食糧庫にあるにはあるんです。でも……」


「でも?」


「……笑いませんか?」


「笑わねえよ。そんなことしたらお前悦んじゃいそうだし」


「っ!? 悦びません!」


「本当に悦ばないのか?」


「…………悦び、ません」


 言い返してきたフィオの目をじっと見つめて問い直してやると、数秒間が空いて。そう、応えた。


 意地悪をしてしまっただろうか、と少し反省しつつ。それ以上聞くことはやめた。そもそもどうせ笑うことはしないのだし、どちらであっても同じことだ。


「それで?」


「じ、実は……」


 そう。笑ったりなんてしないさ。


 お肉もお魚も普通に好きな食べ盛りの女の子が、それらを一切食すことなく野菜や果物ばかりの生活を送る理由。


 俺には見当がつかないが、何か深刻な問題を抱えている可能性だってある。


 だからーーーー


「お肉は……血や赤身が、怖くて。お魚さんは……それに加えてあの目も、怖いんです。なので、料理はおろか触ることすらできなくて……」


「……それだけか?」


「それだけって! 怖いものは怖いんですよぉっ!」


 おっと、まずい。


 これは……駄目だ。


 約束、したというのに。


「…………ぷふっ」


「〜〜っ!? わ、笑わないって言いましたよね!?」


「わ、わわ笑って……ふっ、な……ぷはっ」


「笑ってるじゃないですかぁ!!」


 だって、なぁ。


 まさかこんなに可愛い理由が語られるだなんて。思ってもみなかったものだから。


「そ、そうだよな。俺も昔は怖かったよ。……小学生くらいまでは」


「む〜〜っ!!」


 それから、しばらく。



 込み上げてくる笑いが収まることは、なかった。

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