「…………ぶぅっ」
「ごめんて」
少しして。フィオは完全に拗ねてしまっていた。
まあこれに関しては完全に俺が悪いのだが。少し笑いすぎた。
ぱんぱんに膨らんだほっぺは、まるでハリセンボンのよう。両側から手で圧縮してやりたい気持ちもあるが……流石にこれ以上怒らせるわけにもいかないので、無しで。
「カイト様はいじわるです。もう知りません!」
「悪かった。悪かったよ。だから機嫌直してくれって、な?」
「ぶぅ〜〜っ!」
そっぽを向いたフィオの口から、鳴き声が漏れる。
きっと本人はちゃんと怒っているのだろう。しかし怒りを表現しているはずのその表情は、申し訳ないがこちらから見ると可愛いでしかなくて。威嚇の役割を担うことは出来ていなかった。
とはいえ、俺が悪かったと思っているのは本心である。だからたとえフィオがそんなでも、ちゃんと謝ろうと思う気持ちに変わりはない。
これからせっかくのご飯タイムでもあるしな。早々に機嫌を直してもらわなければ。
と、いうわけで。
「ちゃんと笑ったお詫びはするからさ。許してくれないか?」
「……お詫びとやらの内容次第ですぅ」
「ならーーーー」
一度言おうとしたけれど、フィオに言葉を遮られて言えなかったことがある。
それは、彼女が昼ご飯を作ってくれると言い出したあの時のこと。
『え、いや少しくらいは手伝うぞ? 俺実はこう見えてーーーー』
俺がまだ、前の世界にいた頃。正月に餅を詰まらせたその年ーーーー俺は、大学生をしていた。
大学生というのはなんやかんやでお金がかかる。友達と遊びに行くお金だったり、旅行に行くお金だったり……ああいや、うん。俺はぼっちだったからそんな出費は無かったな。け、けどあれだ。ライトノベルを買ったりたまに映画を(一人で)観に行ったり……な?
……この話はやめだ。まあとにかく、要するにお金を得るため、バイトをしていたのである。
バイト先は家から徒歩五分のとある飲食店。大学一年生から四年生前の冬休みまで(もっと細かく言うと死んだ正月まで)なので、何気に二年と九ヶ月ほどは働いていたことになるのか。
そこは、飲食店の中でもどちらかと言うと居酒屋に近いところだった。深夜営業こそしていないが、お酒は提供していたし、食べ物のメニューはお酒に合う″アテ″のようなものが多くて。主にキッチンを担当していた俺は、その仕込みや調理に携わることも多かったのだ。
まあ要するに、こういうことだ。
「今日の夜……ああいや、まあフィオが夜までここに俺をいさせてくれる前提ではあるけど。もしいいなら、俺が夜ご飯を作るよ。実は飲食店で働いていたことがあってな。肉も魚もある程度は調理できるから」
「っ……!?」
「どうだ?」
俺の提供できるお詫びーーーーそれは、フィオが触ることのできない、それでいてこの家に貯蔵されている肉や魚を使い、俺が料理を振る舞うというもの。
別に食材自体はあくまでフィオが扱えてないってだけで俺が用意したものでもないし、俺はあくまでただそれを調理するってだけだからお詫びとしては少し弱いか? なんて。そうも思ったのだけれど。
「.。..。.:*・'(*゜▽゜*)'・*:.。. .。.」
どうやら、そうでもなかったらしい。
俺の言葉を聞いた途端、フィオの表情は一転。
膨れていた頬は萎み、逸らされていた視線が再びこちらに向いて。キラキラと、光り輝いていたのだった。
「い、いいんですか!?」
「おう。それでフィオが機嫌を直してくれるってんなら、お安いご用だ」
「ぜひ! ぜひお願いします! そんなの……機嫌なんて直っちゃうに決まってるじゃないですか!」
「そ、そうか。なら何よりだ」
思いの外食いつきが良かったので、嬉しいことではあるものの、少し動揺してしまった。
俺にとっては細やかなものに感じたそれは、案外。彼女にとっては大きなことだったのだろうか。
何はともあれ、そんなことで機嫌を直してくれるのなら本当に願ったり叶ったりだ。今晩は俺が、腕によりをかけさせてもらうとしよう。
「ええ! カイト様のお料理……ふふっ、今晩が楽しみです!」
「できる限りその期待に応えられるよう頑張るよ。まあでも、今はとりあえず」
「あっ、そうですね。冷めないうちに!」
さて、すっかりフィオの機嫌が直ったところで。
夜ご飯は夜ご飯で楽しむとして、だ。まず今は、目の前に置かれた昼ご飯だろう。
繰り返すが、俺は決してフィオの作ってくれたこれに文句があったわけではない。あくまで気になったからツッコんだにすぎないのだ。
異質な献立に戸惑いこそしたものの、炒め野菜からは美味しそうな匂いが香っているし、葉野菜や果物からは見ただけで分かる瑞々しさがある。是非とも、味わってみたい。
「カイトさん、手を!」
「おう」
ぱんっ。フィオの小さな両手が、それと反比例して大きく育っている巨峰の前で合わさる。
そして同時に、俺も。同じようにして両手を合わせ、彼女と視線を交錯させた。
食前の、食材や作り手への感謝を込めるこの日本では当たり前に行われていた儀式がこの世界でもできるということに、どこか嬉しさを覚えながら。共に叫ぶ。
「「いただきます!」」