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第12話 この異世界にて

『死者が辿る道は三つ。天国、地獄、そして……転生。しかしあなたは特に罪を犯したりはしていませんので、地獄は無しで。残る二つから、自主的に進む道を選んでいただきます』


 アリエルさんにそう言われ、二つの映像を見せられた時。俺の心は、「転生」に揺れ動いた。


 それはきっと、俺がまだ生きていた頃。大好きだったライトノベルでそういった類の作品を幾つも読み漁り、密かに憧れていたからなのだと思う。


 映像に映っていたのは、俺より早く死に、おそらくアリエルさんの手によって異世界転生させられたのであろう人たちの姿。


 その生き様は多種多様だった。


 ひとえに異世界転生といっても、その先でどう生きていくのかはその人次第。もっと言えば飛ばされた世界によっても異なってくるのだ。


 じゃあ……俺は?


「ど、どう……でしょうか?」


 まるで一世一代の告白の返事でも待つみたいに、どこか不安そうな表情を浮かべながら。フィオはじっと俺を見つめていた。


「……」


 俺が、この世界でやりたいこと。


 その答えはきっと、あの瞬間。異世界転生した後の人たちの数多の人生を見る中で、決まっていたのだと思う。


「フィオ」


「は、はいっ!」


 異世界で魔王を撃ち倒す勇者になるーーーー違う。


 異世界であてもない大冒険をするーーーー違う。


 異世界で日本ではできなかった悪さをするーーーー違う。


 羨ましく思ったのはそのどれでもない。


 俺がこれから、やりたいことは……


(……そう、だよな)


 せっかく始まった第二の人生だ。素直に生きようじゃないか。


 俺が欲しいのは大それた物語じゃない。


 欲しいのは日本では味わえなかったであろう少しの″新鮮な刺激″と、何にも縛られない″自由な生活″。


 それ即ちーーーースローライフだ。


 心を決め、しっかりと向き直る。


 フィオは不安がりながらも、ちゃんと俺の目を見て想いを告げてくれた。


 なら、それに返事をする俺もまた。誠実に向き合わなければならないと思ったのだ。


 目を合わせているだけで、彼女の不安がこちらまで伝播してくる。


 何をそこまで不安がっているのか。俺にはその心中を察することはできないけれど。


 ひとまず、告げる言葉は決めた。


 あとはそれを、堂々と。口にするだけだ。


「フィオさえいいのなら、むしろ俺の方から頼む。しばらく、ここにいさせてほしい」


「〜っ! い、いいんですか!?」


「それはこっちの台詞というか。正直このままだと宿無し確定だったからな。そう言ってもらえて、俺の方はありがたい限りなんだわ」


 ぽりぽりと頬をかきながら、答える。


 はは、二十二歳の男が十七歳の少女の家に転がり込んで同棲……か。日本なら見つかり次第即逮捕な事案だな。


 しかし生憎と、ここは異世界。この世界にはそんな法など無いのである。……多分。maybe。


「え、えへへ。なら両想いですね、私たち♡」


「語弊を生む言い方だなぁ……」


 俺の言葉に、フィオは先ほどまでの不安そうな表情から一点。その綺麗な瞳を光り輝かせ、喜びのあまりその場でぴょんっ、と跳ねて見せる。


 それに思わず、俺の中の不安はあっという間に消し去られてしまった。


 だって、当の本人がこんなにも喜んでくれているのだ。俺を家に置くことを、望んでくれているのだ。


 きっと大丈夫。これ以上は誰かに見つかった時にでも考えるとしよう。


 今はひとまず、手に入れた幸せを享受するのが先だ。美少女とともに過ごす……異世界同棲スローライフを。


「よしっ。そうと決まれば! 早速カイト様の寝床を準備しますね! こんなこともあろうかと空き部屋の掃除も普段からちゃんとしてましたから、すぐにお部屋をご用意できます!」


「そうなのか? あ、でも俺ももちろん手伝うからな。男手はあるに越したことないだろ?」


「ふふっ、では頼らせてもらいます。カイト様のかっこいいところ、いっぱい見せてくださいね」


「っ……お、おうっ」


 てっきりまた、「私が全部やるのでカイト様はくつろいでいてください!」とでも、譲らない主張をされるかとばかり思っていたのだが。


 俺もまた譲らないことを悟ったのか。フィオは主張の代わりに微笑むと、そう言って。上目遣いで俺の瞳の奥を覗き込む。


「あっ。カイト様、顔赤くなってますよ」


「……るせぇ」


「更に赤くなりました」


「うるせえうるせえ! 仕方ないだろ!?」


「? なにが仕方ないんですか?」


「そ、それはっ……!」


 本人を前にして言えるはずもなく。俺は口ごもる。


(コイツ、分かってて煽ってるんじゃないだろうな……!?)


 ずいっ、と距離を詰められ、必死に顔を逸らすことでそれに抵抗しながらも。依然、熱は籠ったまま。


 どれだけコイツが残念なド変態だと分かっていても。ーーーー可愛いものは、可愛いのだ。


 だからこうやって少し不意打ちされただけで簡単に反応してしまう。心臓の鼓動も、瞬く間に速くなってしまうのだ。


「……えへへっ」


「な、なんだよ」


「いいえ、なんでも」


 そんな俺がおかしかったのか。フィオは笑みを漏らす。


 そして、どこか嬉しそうに


「カイト様……末長く、よろしくお願いしますね♡」


 そう言って、踵を返した。


「……なんだよ、それ」


 何か、言い返してやろうと思ったのに。


 俺はもう……色々と限界で。



 その小さな背中を前に、鏡で見なくても分かるほど真っ赤っかに染まってしまった自分の顔を、手のひらで覆うことしかできないのだった。

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