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第13話 嫉妬と甘え

 フィオと同棲することが決定してからしばらく。


 寝床の準備ーーーーもとい俺の部屋作りは、着々と進んでいた。


 用意されたのは、フィオの自室の隣に位置する空き部屋。


 聞いていた通り、使われていない部屋ではあったものの清掃は行き届いていた。そのおかげであまり大々的な掃除をする必要もなく、おかげで楽に作業を進めることができている。


 部屋の大きさは大体六〜七畳といったところだろうか。元々部屋に設置されていたシングルベッドと勉強机、本棚をそのままにしてもまだスペースにはかなり余裕があった。


「この家は元々、先ほど話した私にとっての″恩人″にあたる方が使用人さんと二人で暮らしてらしたんです」


「なるほど、だから家具が二人分あったわけか……。その人たちには俺も感謝しないとな」


「ふふっ、なら近いうちにでも一緒にご挨拶に行きましょうか。お二人の住んでいるお屋敷はここからそう遠くはありませんから」


「お屋敷……っ!」


 こんなに立派な家を無償で譲ってしまえるような人だ。ある程度金持ちなのだろうとは予想していたが。


 にしても屋敷住み、か。そのうえ使用人まで雇っているとは。さては相当だな。


 想像して、思わずごくり、と唾を飲み込む。


 そんな俺の様子を見て。フィオは笑みをこぼした。


「そう緊張なさらなくても大丈夫ですよ。ステラさんもミィさんも、とても優しくて人当たりのいい人です」


「き、緊張なんて……って。ステラさん?」


「? なにか?」


「その人、あれか? クッキー屋さんしてるか?」


「え? し、してませんよ?」


「ならおばさんか?」


「歳は二十になったばかりだと聞きました。おばさんじゃないです……」


「……そ、そうか。すまん」


 しまった。ステラさんと聞いて、つい。


 でも、そうか。二十歳なのかステラさんとやら。俺の方が年上なんだな……。


 いや、失礼なのは分かってるんだ。分かってるんだけども。日本人ならその名前を聞いておばさん証のクッキー屋さんを連想してしまうのは仕方のないことなのだ。どうか許してほしい。


「ちなみに、使用人のミィさんもたしか歳は二十二か三あたりだったと思います。お二人とも美人さんで……」


「……美人さんで?」


 そこから何か言葉を続けようとして、言い淀む。


 首を傾げていると、やがて一幕置いてから。再び口を開いた。


「あの、カイト様」


「なんだよ?」


 どこか不安そうに。フィオは俺の名を呼び、瞳を見つめて、


「ご挨拶に行くのはいいんですけど、その……ステラさんとミィさんが美人さんだからって、私を捨てないでくださいね?」


「へ?」


 何を言っているのか、瞬間的には理解することができず。ぽかんと固まる。


 そして、次の瞬間にはーーーー


「ぷはっ」


「な、なんで笑うんですかぁ!」


 笑みが、溢れていた。


「む〜っ! いいんですか!? また拗ねますよ!?」


「はは、ごめんごめん。あまりにも可愛いこと言うもんだから」


「へっ!? か、可愛っ!?」


 かああぁぁっ。ぷしゅぅぅぅぅっ。


 フィオの顔が耳まで真っ赤っかに染まったかと思うと、やがて頭から湯気がたちのぼって。まるで茹蛸のようになり、あまりの羞恥心に耐えきられなくなったのか、「見るな」とでも言わんばかりに顔を背けた。


「っ……」


「赤くなってら」


「さ、さっきはカイトさんの方が赤くなってたじゃないですか!」


「じゃあその仕返しってことで。許してくれ」


「うぅっ……こういう責めは私の求めるものじゃないんですが……」


 謝る俺に言い返すことができず。彼女は俺に聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で、呟く。


(捨てないでください……ね)


 捨てるも何も。俺は別に拾った側ではないんだがな。


 むしろ逆。フィオが俺を拾ったのであり、むしろ捨てないでくれと言わなければいけないのは俺の方だ。しかしまあ……彼女の中では俺を家に居させているというより″居てもらっている″という認識なんだろうな。


 だからさっきは言い淀んだ。なにせステラさんとやらはお屋敷住みのお金持ちで、そのうえ美人。もしかしたら直接会わせると俺がそっちに靡いて出て行ってしまうのでは、とでも考えたわけだ。


 まあ要するに「嫉妬」だな。可愛らしいことこのうえない。


「心配すんなよ。そう簡単に出て行ったりしないから」


「……ほんとですか?」


「ほんとほんと。せっかく部屋も用意してもらったことだしな」


「し、信じますからね……?」


「おう」


 ぽんぽんっ、とフィオの小さな頭を撫でながら、答えて。手のひらに彼女からの熱が伝播してくるのを感じつつ、「さて」と話題を切り替える。


「ひとまず俺の部屋の準備は大体終わったし、次は食料の仕込みでもするかな。食糧庫、案内してくれるか?」


「は、はい。分かりました……」


 フィオは答えて。ーーーーしかし、動こうとしない。


 それどころか、頭から手をどかそうとすると、何故か少ししゅんとした表情を見せてくる。


 ……そういうことか。


「甘えんぼめ」


「……も、もう少しだけ、ですから」


「はいはい。お好きなだけどうぞ」


 ドMの変態のくせに。



 どうやら、優しく撫でられるのも悪くなかったらしいな。

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