「う、腕が……まさかあんなになでなでをさせられ続けることになるなんて、思いもしなかった……」
「そ、そそそんなにさせてません! カイト様は大袈裟ですっ!!」
なでなでのしすぎで若干筋肉痛のようになっている自分の右腕を左手でさすりながら。ぼやく。
フィオさんは大袈裟なんて言っているが、少なくとも俺は、三十分という時間は「あんなに」と口にするには充分過ぎる値だと思う。まあ別に好きなだけと言ったのは俺だし、怒ってもいないからこれ以上は言わないけれども。
「だって、なんだかほわほわして気持ちよかったんですもん……」なんて言い訳を溢すフィオに連れられて。食糧庫へと向かう。
どうやらそれは地下室にあるらしい。日本に住んでいると地下の食糧庫なんてそう見られる物ではないため、一体どんな物なのかと少し楽しみになりつつあった。
と、家の中を移動し、一番奥の部屋の扉の前に立つ。
扉の質感こそ他の部屋の物と同じであるものの、ドアノブの上にはここだけ鍵穴が付いていた。
フィオは服のポケットから鍵を取り出すと、慣れた手つきで鍵を差し込み、回す。
刹那、「ガチャッ」と。金属特有のどこか重厚感のある解錠音が響いた。
「おおっ。なんか本格的だな」
「普通の家ならこんなに立派じゃないと思うんですけどね。ここはお金持ちさんが住んでいた家ですから」
「さ、流石だ……」
俺の反応にくすりと笑いながら、戸を引く。
その先に現れたのは部屋ーーーーではあるのだろうが、何も置かれてはおらず。
ただ、部屋の中心に。何やら床下収納でも隠れていそうな、大きな正方形の″明らかにそこだけ造りの違う″マス目があった。
そしてそれを指差して。彼女は俺の方を向く。
「この下に地下へと続く階段があって、その先が食糧庫です。では、開けますね」
「……うす」
ごくりっ。大きな唾を飲み込んだ音が、頭に響いた。
地下室へと続く階段……。そんなの、男心がくすぐられてしまうではないか。
二十二にもなって、なんて思うかもしれないが、男の子というのは何歳になってもこういうのが好きなのだ。
ドキドキに支配される俺を横目に、マス目の中にあった窪みを指二本でつまむと、そのままゆっくりと。扉の役割になっているそれが引き上げられた。
「ふふっ。こういうの、好きなんですか? 私の胸をチラチラ見ている時と同じような表情になってますよ?」
「あ、ああ。俺も男の子だからな……って、後半なんて言った!? ち、チラチラとか……み、みみ見てないが!?」
「んもぉ、そんなに恥ずかしがらなくても。男の子なら普通のことだと思いますよ? ですからその欲望、いつでも私にぶつけてきてくださいね♡」
「ぶつけるか!!」
焦燥感たっぷりにツッコんで。先陣を切り階段を降りていく彼女の後ろを、ゆっくりとついていく。
途中、フィオが「こ、ここで後ろから押されて転がり落ちたらどれだけ痛いんでしょう……あぁんっ♡」とか、「地下に監禁というシチュエーションも萌えますね……」とか。こちらをチラチラ見ながら喘ぎ交じりに軽く発情しそうになっていたが。無視した。
階段は二十段ほど。光は無く、上の扉を閉じてしまえばおそらく完全に暗闇になってしまうことだろう。
正直、一人では入れそうにない空間だった。ホラー嫌いのビビリには中々ハードルが高い。
そんな地下への道を突き進んで。やがて再び、扉が現れる。
どれだけ扉あるんだよ……と思いつつも。フィオ曰く、どうやらここが最後の扉らしかった。
扉は先ほどまでのものと違い、金属製。というか思えばここまでの階段も、壁も。地下への道は全てが無機質な金属に包まれた空間となっていた。
おそらく食糧庫の中にある食料を腐らせないためだろう。体感ではあるが、室温も階段を降りるにつれどんどん下がっているように思える。
ーーーー思わず、身を震わせてしまうくらいに。
「あっ……失念していました。カイト様は寒いですよね。羽織れる物を取りに戻りますか?」
「い、いや。大丈夫。それよりフィオは寒くないのか?」
飄々と言う彼女には、寒そうにしている様子が一切無い。
ま、まさかドMを極めるとこれくらいなんともなくなるのか? いや、流石にそれはないか……。
にしても、だ。俺同様服は半袖で、生地だって薄そうに見えるのに。何故そうも平然と立っていられるのか不思議で仕方なかった。
「私は寒さに耐性があるので平気です。魔素が氷属性なので」
「へぇ……。へぇ?」
「というか、ここの食糧庫を維持させるための動力源は私の魔法ですから。自分の生み出した氷で寒いなんて言ってたら何もできなくなっちゃいます」
「???」
……聞き間違いか?
今、確かに「魔素」やら「魔法」やら聞こえた気がしたのだが。
「まあ、そういうことなので。カイト様が凍えちゃう前にちゃちゃっと食料を取り出しちゃいましょう!」
「へ? お、おぉ……」
いや、聞き間違いなんかじゃない。
もしかしたらこの世界にもーーーーなんて。思わなかったわけじゃなかった。
ただ、あまりにもそういったファンタジー要素はこれっぽっちも垣間見えなかったものだから。
多分、存在しないのだろうと。そう思っていたのに。
(まさかあるのか!? 魔法が!!)
厨二心をくすぐられ、思わず湧き立ってしまう。
そりゃあ、大それた物語なんて求めていないと言ったさ。
けどそれとこれとは話が別だろう。魔法だなんて、そんなもの……
(俺も……使ってみたい!!!)
肌寒い地下にて。じわりと身体の芯が熱を帯びていくのを感じる。
″もしかしたら魔法が使えるかもしれない″
その期待感と好奇心だけで、気づけば身体は温まっていて。
寒さなど、気にならなくなっていた。