フィオの手によって、食糧庫へと続く最後の扉が開かれる。
一歩踏み入ると、中は読んで字の如く、まさに食料を保管する倉庫といった感じだ。
広さは大体俺の部屋と同じくらい。あまりの室温の低さに、壁には霜が引っ付いている。
そして、棚が三つ。ステンレス製近いものに見える簡素な造りのそれらにはーーーー
「す、凄ぇ。カチコチだ……」
手前から、野菜、魚、肉、と。棚ごとに分けられた食材たちが大量にーーーー氷漬けにされた状態で、保管されていた。
(これを、フィオが?)
きっと彼女の几帳面な部分が影響しているのだろう。それらは、ただ凍らされているだけではない。
食材の種類、大きさに関わらず。そのどれもが、三百六十度氷で覆われていて。まるでサイコロのように全く同じ形・サイズの、言うなれば″氷のキューブ″となって並べられていたのだ。
「アイシクルキューブ。食料を保存するのにとても便利な魔法なんですよ」
「アイシクル、キューブ……」
思わず興味本位で、そのうちの一つに触れる。
キューブは半透明になっており、俺が触れた物の中身は「カリフラワーのようなもの」が丸々一玉。
まるで、何かの芸術作品のように美しい。
質感はーーーーしっかりと硬い。指先で弾いてみると、カンッ、と音が鳴った。
触感はーーーー冷たい。数秒指の平を当てていると、そこが悴んでいくのが分かった。
簡単に欠けることも、溶けることもない。俺がそうやってしばらく触れていてもこれっぽっちも形状が変化しないそれは、ただの氷というよりはどちらかというと″宝石″のように見えて。これが魔法なのか、と感心してしまう。
「? カイト様?」
「っと、すまん。つい見惚れちゃってさ」
「……えっ?」
「いや、だってあまりにも綺麗だったから」
「っ……!」
ビクッ。俺の言葉に、ほんの少し。フィオの身体が反応し、震える。
驚いた、といった感じだった。
「フィオ?」
「い、いえ。……そんなことを言ってもらえたのは、初めてだったので」
「そう、なのか?」
聞き返す俺に、その表情は少しずつ驚きから喜びへと変わっていって。
まるで、心の奥深くへと言葉を刻み込むみたいにして。しみじみと、俺を見る。
「えへへ。ありがとうございます」
「〜〜っ!」
ああ、クソッ。
やっぱりコイツ、普通にしてたらめちゃくちゃ可愛いな……。
◇◆◇◆
「っし。こんなもんだな!」
食糧庫から戻り、キッチン。
小窓の前に設置されたテーブルの上には、今夜の料理に使う食材たちが所狭しと並べられている。
「いやあ、まさか自然解凍とはな」
「まあ急ぐ時は普通に火で温めて解凍するんですけどね。今は夜ご飯の支度を始めるまでにまだまだ時間がありますから」
食糧庫でフィオの魔法、「アイシクルキューブ」によってカチコチに凍らされていた食材たち。それらはこれからこのテーブルの上で小窓から差し込む日光により、ゆっくりと自然解凍されていくことになる。
「ふふっ。弱火でじっくりコトコト肌を炙られるというのは……少し、憧れてしまいます」
「お前の場合日焼けにしかならないけどな」
ツッコミながら、食材に付着している霜を手で軽く払っていく。
食糧庫にて取り出す食材を決め、それらのみアイシクルキューブとかいう魔法を解いてもらってからここまで持ってきたのだが。
どうやら表面を覆っている氷が無くなっても中身はしっかりと凍ったままらしく。どの食材も芯まで冷え冷えだ。
「そ、そんなところ……触っちゃらめれすっ♡ ひゃぁんっ♡」
「……お前には指一本触れてないが」
「ぶぅ。ちょっとくらいノッてくれてもいいじゃないですかぁ。もしかしたら野菜さんも、心の中では本当にそう言っているかもしれませんよ?」
「はは、やめてくれ。今晩には切り刻むんだわ」
「き、鬼畜ですね……♡」
「野菜さんからすれば鬼畜なんてレベルじゃないと思うけどな……」
はぁっ、はぁっ、と息を荒くするフィオに嘆息する。
コイツに対する感情はもうとにかく乱高下が凄くて、まだ半日一緒にいるだけなのに風邪を引いてしまいそうだ。
まさに「残念美少女」。今みたいに訳の分からないことを言いながら発情しているだけでも″画″になってしまっているため、非常に厄介なものである。
ドキドキさせられたり、呆れさせられたり。まさに感情のジェットコースターやでぇ。
……なんで関西弁? 俺は生まれも育ちも関東なんだが。
何やら大いなるものの存在が垣間見えた気がするな。それも絶対にひょっこりはんしちゃ駄目な奴が。
ま、まあいい。それよりも、だ。
ーーーーそろそろ、″あのこと″を切り出そうか。
「なあ、フィオ」
「はい! マッチならこちらに!」
「いや、いらないから」
「……ろ、蝋燭ですか?」
「火をくれなんて言ってないんだわ。というかなんで赤い蝋燭なんて持ってるんだお前は」
「っ! な、なんでって。それは……」
「すまん聞いた俺が悪かった。仕舞ってくれ頼む頼みますお願いですから」
静かに懇願する俺に、フィオは無言で頷いて。耳を赤くしながらも、すすすっ、と赤い蝋燭を仕舞う。
俺にそういう性癖は無いが、それがどういう意図で使われるのかは知っていた。……まさか自分で使う用で所持している奴がいるとは思いもしなかったが。
ともかく、俺がしたかった話はそんなものではなくて。
「聞きたいことがあるんだ」
「…………ひ、火をつけて、溶けた蝋をーーーー」
「違う。赤い蝋燭の使い方じゃない」