嘆息し、はっきりと告げる。
「俺が聞きたいのは、魔法についてのことだ」
「ま、魔法……ですか?」
「ああ。断じて蝋燭の使い方なんかじゃなく、な」
突如、ぽっと出設定のように出てきた「魔法」の存在。
俺からすればそれは全く馴染みのない、まさしくファンタジーの産物だが。
フィオーーーーもといこの世界の住人たちにとってはきっと、違うのだろう。
だからこそ、彼女は困惑の表情を浮かべているのだと思う。きっと、それは彼女にとって改めて聞かれる様な浮世離れした存在ではないのだ。
「魔法って存在は知ってたんだけどさ。実際に見たのはさっきのが初めてなんだ。だから色々、聞きたくて」
「は、初めて? カイト様の故郷では魔法は使われていなかったんですか!?」
「え? あ、あぁ。使ってる人はいなかった、かな」
フィオにとってそれはよほど驚きだったのか。予想外の食いつきを見せられ、分かりやすく動揺してしまう。
そんな俺の咄嗟に出した返事に、彼女は一幕置いて。
「いいなぁ……」と。呟いた。
その呟きに宿っていたのは、どこか切なく感じさせる憂いと、嘘ではない心の底からの憧れ。
(魔法、嫌いなのか……?)
反応を見るに、そうとしか思えなかった。
持たざる者である俺からすれば魔法というのは憧れの存在で、使えるものならぜひとも使ってみたいものなのだが。
持つ者には、持つ者の苦労というやつがあるのだろうか。
なんだか地雷を踏んでしまったかのような気分になって。少し、気まずい。
「えっと……なんかごめん。もしかして魔法の話するの、嫌だったか? それなら別に無理にとはーーーー」
「へ? い、いえっ! そんなことは!」
「でもお前、今……」
「い、今のはそういうことではなくてですね。その……」
使えるものなら、使ってみたい。そのやり方も、教わりたい。
それが本音だ。
けど、フィオが魔法を嫌っていて、その話をしたくないというなら。無理に話させるようなことはしたくない。
それもまた、本音だった。
だが、俺の心配を感じ取ったのか。フィオは弁明するように言う。
「魔法の話をするのは、嫌じゃないです。魔法そのものが嫌いなんてことも、ありません。むしろ大好きなくらいです」
その言葉に嘘は無いように思えた。
俺のために取り繕った言葉ではなく、本当の気持ち。
そして、それから付け加えるように。言葉を続ける。
「ただ……魔法が無い国に憧れているのも、事実なんです」
矛盾していた。
フィオは魔法が大好きだと言った。それなのに、魔法が無い国への憧れがあるだなんて。
まさか周りが誰も魔法を使えない中で自分だけ使えたら、なんて考えるタイプでもないだろう。
なら、何故なのか。
気にならないはずもない。
しかし、それを問おうという気持ちは……
「私は、認めてもらえなかった人間なので」
「っ……!」
その一言で。消え去ってしまったのだった。
一体何も認めてもらえなかったのか。詳しくは分からない。
ただ、それを語るフィオのどこか悲しそうで、それでいて寂しそうな瞳を目の当たりにして。きっとそれが本人にとって″そういう″過去の話なのだろうということだけは、瞬時に理解できてしまう。
ならばこそ。それ以上を語らせることは、してはいけないと思った。
「フィオ。それ以上はいい」
「……すみません、余計な気を遣わせることを言ってしてしまいました」
「気にすんな。今のは俺が話させたみたいなもんだしな」
話を遮るように、頭を撫でる。
(余計な気を遣わせること……ね)
俺は、フィオのことをまだほとんど知らない。
知ろうとするならば……きっと、最後まで話させた方がよかったのだろう。
けれど。それでも。やっぱり俺は、それがフィオにとって語ることの辛い過去だというのなら、話させる必要などないと思う。
第一、悲しい過去ではないにしろ、俺だって自分の身の上話なんてほとんどしてないしな。
お互いのことをよく知らないままの、同棲。
俺たちの行動が奇妙に映る人も、きっといることだろう。
けれど……少なくとも今は、それでいいと。他でもない俺がそう判断したのだ。
なら、話はそこまで。この続きは、フィオが自ら話したいと思ってくれた時にでも聞けばいい。
「カイト様は、優しいですね。気になってるはずなのに」
「買い被りすぎだよ。俺はただ続きが待てるタイプってだけだ」
「えへへ。そういうところ、ですよ」
「どういうところだよ」
「だから、そういうところです♡」
はにかみながら言われ、少し照れ臭くなって顔が熱を帯びる。
俺はただ、″今じゃない″と思ったから止めたにすぎないのだが。優しい、なんて。少し買い被りすぎじゃないだろうか。
「ふふっ、やっぱりカイト様になでなでされるのは気持ちがいいですね。痛くないのに、不思議です」
「……それは、何よりで」
ぽむっ、と俺の左手を上から押さえ、「もっとなでなでしてください」とばかりに要求されて。俺は言われるがまま(実際に口には出されていないが)、頭を撫で続ける。
せっかく、さっきたっぷりさせられた時とは逆の手で撫でているというのに。
これでは、意味が無さそうだな。