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第17話 眼鏡

 それから、本日二度目のなでなでタイムの開催にてしばらく時間は空き。


 右手同様、左手にも怠さが発生し始めた頃。


「……そういえば、魔法の何について聞きたかったのですか?」


 ようやく満足してくれたのか。ツヤツヤになった肌と、ほわほわに蕩けた瞳を携えて。フィオは口を開く。


「さっきも言いましたが、私は魔法自体は大好きです。過去にあったこととそれは、また別の話なので。私に答えられることならなんでもお答えしますよ?」


 そうだった。


 なんかひと段落、みたいな感じになっていたけれど。


「ほんとか?」


「えぇ。あっ……ここは『クッ、私は何をされても情報なんて吐かんぞ! 殺すなら殺せ!!』が定石でしたかね?」


「いや、その定石はだいぶ一般常識とかけ離れてるな……」


 そもそもフィオの″そういう″過去の話が始まりかけてそれを止めたというさっきの一連の流れは、俺が魔法について聞きたいと言ったのが始まりだったな。


 そのことに気づき、咳払いして、


「おほんっ。まあフィオがそう言ってくれるのなら、遠慮なく」


「あぁんっ♡ 容赦なく私を痛めつけてくださいご主人様ぁっ!♡」


「違う。そっちのことじゃなくて」


「むぅ」


 嘆息し、言い放った。


 フィオの頬がぷくりと膨らむが、気にせずに。


 なでなでを止め、左手の怠さを誤魔化すため左右にぶらぶらと振りながら。向かいに座り直す。


(さて、何から聞こうかね)


 聞きたいことは山ほどあった。


 あった、のだが。


(……何から聞けばいいんだ?)


 いや、あったからこそ、と言うべきだろうか。


 俺はまだ、魔法についてほとんど何も知らない。ーーーー知らなすぎる。


 今の俺は言うなれば、″どこが分からないのかも分からない″状態なのだ。


 だから、何から聞けばいいのかすらも分からない。最終目標である「俺が魔法を使うためにはどうすればいいか」を今問うて、たとえそれに正確な答えが返ってきたとしても。きっと俺は、理解することができないだろう。


 まあ、要するにだ。


「フィオ。″優しい″お前に、頼みがある」


「……なんでしょう?」


 優しい、と言われて悪い気はしなかったのか。ぴくりとその小さな身体が揺れ、頬は萎んでいく。


 そんな彼女に、言った。


「魔法について……基礎の基礎から、教えてほしい」


◇◆◇◆


 フィオはド変態である。


 が、それ以前にーーーーとても人当たりがいい。


 つまり優しいのである。


 だから、魔法について基礎の基礎から……なんて。そんな面倒なお願い事にも、嫌な顔一つすることはなく。


「ふふっ、仕方ないですね。お任せくださいカイト様。基礎の基礎から、優しい私が! 徹底的にお教えします!!」と。


 むしろ嬉しそうに、そう言って。リビングを飛び出していったのだった。


 向かった先は彼女の自室。おそらく教科書のようなものでも取りに行ってくれたのだろう。


 そしてその予想は、見事的中していて。部屋からすぐに戻ってきたフィオの手には、重そうな分厚い書物が一冊。


「お待たせしました。さあ、魔法講習を始めましょう!」


「お、おぉ」


 机の上にそれを置いたフィオは、声高らかに言う。


 だが、そんな彼女の″さっきまでとは違う″姿に。俺は呆気にとられていた。


「フィオさん? それは?」


「むふんっ。私は先生ですから! どうです? 大人びて見えますか?」


「大人、びて……」


 むふーっ、とその大きな胸を張り、見せびらかすように「すちゃっ」と自ら効果音をつけながらくいくい動かしているそれはーーーー眼鏡。


 フレームは黒色で細く、レンズは長方形。いかにも賢いガリ勉君が身につけていそうなモデルだった。


「いいんですよ? 普段とは違う、大人な魅力を身につけた私に欲情してしまっても! それは男の人にとって、いたって正常な反応なんですから……っ!!」


 くいっ。くいくいくいっ。


 フィオの細い指先が、やかましく眼鏡を揺らす。


 女の子にとって眼鏡とは、一種の武器である。


 普段は眼鏡を付けていない女の子に付けさせると……なんてシチュエーションは勿論のこと、その逆もまた然り。普段は眼鏡を付けている女の子に外させると……なんてのも、アニメや漫画の世界では数多く見る「お決まり」だ。


 着脱という行為そのものががギャップへの起爆剤となり、その女の子の新たな魅力を引き出す。それだけの力が、眼鏡にはある。


 そしてそんな強力な武器を、フィオという美少女に装備させたならば。その攻撃力は絶大ーーーーな、はずなのだが。


(に、似合ってねぇぇぇ……っ!!)


 非常に残念なことながら。


 その眼鏡は彼女に……これっぽっちも、似合ってはいなかったのだった。


 別に俺が眼鏡アンチというわけじゃない。「この子は裸眼の方がいいに決まってる!」とかそんな先入観も特に無く、むしろ美少女の眼鏡差分なんてものはしっかり大好物だったはずなのだが。


 初めてだ。他人に対してここまで「眼鏡が似合わない」と感じることは。


 あれだけ可愛いのだ。きっと眼鏡そのものが全て似合わないというわけじゃないだろう。


 ただ、問題だったのはチョイス。フィオという少女の顔に、あの眼鏡は合わなかったのだ。


 他の物を付けさせれば或いは……しかし、生憎と替えがあるのかどうかなんて知るはずもない。


 そのうえ、だ。


「えへへ。ドキドキしすぎて声も出ませんか?」


「……」


 これだけ、自信満々に来られては。



 ……似合ってないなどと。言えるはずもなかった。

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