まあ、とは言ってもだ。
たしかにあの眼鏡は似合っていない。似合っていないけれども。
それは、それとして。
(あの感じは……ちょっとアホの子ってぽくて可愛いな)
やはり眼鏡というのは凄い。
どうやら、あの武器は似合っていなくとも効力を発揮するらしい。
それもひとえに、フィオという素材あってのことかもしれないが。
″眼鏡をかけたら大人びて見えると思い込んでいる小柄な少女″というのは、立派に一つの魅力的な属性として成り立っているように思う。
少なくとも、俺は可愛いと思ってしまった。まあそれは、フィオの求める可愛いではないだろうけれども。
「もぉ、特別ですよ? 今はそのドキドキを口に出せとは言いません。……どう思ってくれたのかは、ちゃんと伝わってますから♡」
「あ、はい」
満面の笑みで言うフィオに、俺は大人しく頷く。
一体彼女には何が伝わっているのだろうか……。その詳細こそ分からないけれど、きっと「アホの子」と思われていることには気づいていないんだろう。
だからこそ頷いた。端的に言えば、その方が都合がいいからである。もし俺の心中がバレてしまうと、またあの頬がぷくりと膨らむこと間違いなしだからな。
ひとまず、何はともあれ。こうして上機嫌なフィオ先生のもと、魔法講習が幕を開けたのだった。
「では、カイト様。基礎の基礎からということですので、まずは一ページ目から。教科書を開いてください」
「おう」
「カイト様? 今は私が先生で、カイト様は生徒です。返事は『はい』ですよ?」
「……はい」
絶妙にムカつく表情で言われ、引っぱたきなる衝動に思わず呑まれてしまいそうになりながら。教科書だったらしい分厚い書物に手を伸ばす。
それの分厚さは大体辞書と同じくらい。紙質はかなりしっかりしていて、ハ○リー○ッターに出てくる感じをイメージしてもらえると分かりやすいだろうか。
表紙には、『魔法大全』の四文字。あと右下の方に汚いーーーおそらく幼い頃に手書きしたのであろう文字で、『ふぃお』と。可愛い。
そんなお下がり教科書の表紙を、捲る。
目次のようなものは特に無く、一ページ目からそこには図説とともに活字が並んでいる。もしこの本のどこのページもこの感じなのだとしたら……。なるほど、流石は″大全″の名を冠するだけはあるな。
「ふふっ、そう不安そうな顔をしないでください。私はこと魔法に関しては、かなりのエキスパートだと自負しています。なので魔法初心者のカイト様にも分かりやすく、それでいて完璧にお教えしてみせますよ!」
「……人は見かけによらないんだな」
「なっ……!」
俺の皮肉混じりな言葉に「ど、どういう意味ですかそれ!」と返すフィオだったが。
まあもはや、俺からそれ以上を言うまでもなく。
刹那、おそらくフィオの脳内で″心当たり″という名のこれまでの身の振りが幾つも再生されてしまったのだろう。
彼女の頬が軽く紅潮して、
「ん゛ん゛っ。と、とにかくそういうわけですから。安心してもらって大丈夫ですので」
「はーい」
「……い、いい返事です」
咳払い一つ。仕切り直そうとしたのだろうが、他の誰でもない当人が割とダメージを負っていたらしく。その表情からは、まだ羞恥心が抜けきっていなかった。
とはいえ、こんなでもどうやら魔法のエキスパートだというのは嘘ではなかったらしく。
ーーーーそこからの魔法講習は、びっくりするほど円滑に進んでいった。
まずは、魔法というものがなんなのかについて。
「魔法というのは端的に言うと、生物に内包されている『魔素』を体外に放出し、具現化することで発動される力です。感覚で言えばおしっこを出す時に近いですね」
魔素とはなんなのかについて。
「魔素とは魔法を使うためのエネルギー源です。これは基本的に身体中を血液のように巡っていて、魔法発動の際にはそれを一点に込めて放出するよう意識します。ゆるゆるな状態で出してしまうと飛び散ってしまうおしっこを、ぎゅっとお股に力を込めることで一本化させる感じに似ていますね」
魔法の属性について。
「魔法の属性は魔素の属性に引っ張られます。属性は生まれつき決まっていて、一人一つ。種類としては火•水•雷•氷•岩•風•治癒の七種類。できればカイト様は治癒属性だとありがたいですね。そうすれば体力を回復させ続けて熱い夜を延々と……ああでも、火で炙られるのも、水で溺れさせられるのも、雷で痺れさせられるのも、氷漬けで放置されるのも、岩の下敷きにされるのも、風の刃で斬りつけられるのも……ごくりっ」
なんだか例えはおかしいし、たまに一人でに発情している時もあったけれど。
基礎の基礎から、とても丁寧に教えてくれて。……あっという間に、俺の頭には魔法に対する地盤が出来上がっていった。
そしていよいよ、講習は次の段階へ。
「それじゃあここからは、実践も交えて進めていきましょうか」