フィオ曰く。魔法は、一度目の発動が一番難しいのだという。
ただ、逆に一度でも発動させることができれば。そこからはもう芋蔓式にみるみる上達していくそうだ。
多分自転車に乗るのと同じような感覚なのだろう。あれも一度乗れるようになるまでには時間がかかるけれど、少し慣れてしまえばそこからはもう一瞬だった。
「実践、か。そんなにすぐ使えるもんなのか?」
「いえ、カイト様がいきなり発動させるのは難しいでしょうから。まずは私がお手本を……と」
「ああ、そういう。ちなみにフィオは魔法の練習を始めてから使えるようになるまで、どれくらいかかったんだ?」
「私ですか? そうですね……たしか魔法のお勉強から初めての発動まで、大体一週間くらいだったかと思います。ただそれでも一般基準で考えればだいぶ早い方かと」
「早くて一週間かぁ。なんかお手軽なようなそうでもないような……」
正直、教えてくれる人さえいれば即日使えるようになるくらいのものだと思っていたのだが。
どうやらそこまで簡単なものでもないらしい。期間を考えれば自転車以上、車以下といったところなのだろうか。
「まあまあ。なにもすぐに覚えなければいけないものでもありませんし。時間はありますから、ゆっくりのんびり覚えていきましょう?」
「……それもそうだな」
優しく微笑みながら言われ、頷く。
フィオの言った通り、幸いにも時間はある。
そりゃあ、早く使えるようになるに越したことはないけれど。
かと言って、なにも使えなければ死ぬというわけじゃない。
フィオには迷惑をかけることになるけれど……。お言葉に甘えるとしよう。
「さて、それでは早速。私の魔法をお見せしますね」
「ごくりっ」
フィオは言うと、立ち上がって右手を前に出し、目を閉じる。
そしてそれと同時に俺が喉を鳴らしたのも束の間ーーーーこちらに向けられた手のひらが、徐々に光を浴び始める。
「身体中の魔素を感じ取り、一点に……むむっ!」
「おぉっ……おぉ……っ!!」
魔素とやらの動きを俺は感知できないし、目で捉えることもできないはずなのに。
フィオの華奢な身体から、得体の知れない″なにか″が蠢き、手のひらに集中していくのを感じる。
武者震いとともに、全身に鳥肌が連鎖する。
これまではフィクションだったはずのその力を前にして。俺はーーーー
「アイシクルソード!!」
刹那。フィオが叫ぶと、つい数秒前までは何もなかったはずの空間が凍り、一つの形となって顕現していく。
柄頭のポンメルーーーー握り部分のグリップーーーー鍔のガードーーーー剣身のブレイドーーーー
下から上へと形作られていくそれは、″アイシクルソード″と呼ぶに相応しい、まさしく氷の剣。
現実離れした赤髪の美少女が、氷の魔法によって剣を生み出す。その絵面は本当にファンタジーそのもので。
思わず見惚れてしまいそうになるほど、美しかった。
「これが、魔法か……!」
「ええ。これが……これこそが! 私の有する氷属性魔法、アイシクルソーーーーへべぶっ!?」
「へっ? おわっ!?」
感動の言葉を漏らした俺に、おそらくかっこよくアイシクルソードを手にとって構えようとしたのだろうか。
手のひらから光が消え、同時に空中に浮かんでいたそれがフィオの手に握られーーーーることを拒否するかのように。
彼女の細い手を巻き込んで、そのまま。床へと……落下したのだった。
「ひぎゃっ……お゛お゛お゛う゛ッッ♡♡」
「ちょ、フィオ!? フィオさぁんっ!?」
バギャアッ。
床にヒビが入り、木材の悲鳴という名の破壊音がリビングに響く。
また、フィオの口からも、
「ぎっ……ひぎぐっ♡ う、腕が……ミシミシッ、てぇ……っ♡ 潰れちゃうぅっ♡♡」
「潰れちゃうぅ♡ じゃねえよ! ちょ、おまマジでシャレにならない音鳴ってるって! 早く魔法解け!!」
「あへぇっ……」
「んだこれ!? 重てぇ!! 全然持ち上がらな……ぬぐおぉぉぉぉおっ!!!」
どおりでこんなことになるはずだ。
フィオの生み出した剣ーーーーアイシクルソードは、成人男性である俺が持ち上げようてしてもビクともしない。まるで巨岩のようだった。
しかし、俺は知っている。魔法で生み出したものは、簡単に散らすことができると。
実際にさっき、フィオは用済みになったアイシクルキューブを一瞬にして細かい氷片へと変えていた。
つまりこの剣にも同じことができるーーーーはずなのだ。多分。maybe!
「ほら、ぱぁんってしなさいぱぁんって! このままだと腕ごとぺしゃんこになっちゃうから!!」
「ぺしゃんこ……はぁうっ!♡」
「悦んでる場合じゃねぇだるぉぉおっ!?!?」
破壊音と、苦しむ声と、嬌声と。
最悪なトリオが奏でる不協和音の中、叫ぶ。
ーーーーこうして、第一回魔法講習は先生のお手本失敗と共に、突然。あっけなく幕を閉じたのだった。