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第26話 企む二人

「……お風呂?」


「はい、お風呂です。ご飯を食べ始める前に沸かし始めていたのがようやく終わったみたいで」


 ぽかんとしていると。やがて音が止まる。


 なんと紛らわしいのか。


 こんなに激しい『お風呂が沸きました』は初めてだ。というか、多分前の世界では存在すらしていなかったことだろう。


 驚かせやがって……と怒りの感情(あくまでその音に対してである)を募らせる一方で。


 しかしすぐにさっきまでの状況を思い返して、気づく。


 もし、あの音が鳴っていなかったら……


 全身に悪寒が走った。


「むぅ。このままカイト様とイチャイチャな夜にダイレクトアタックしたかったのですが……。お湯を無駄にするわけにはいかないですもんね」


「は、はは……」


 想定外の邪魔に、少ししゅんとした様子で。フィオは呟くように言った。


 や、やっぱり襲うつもりだったのだろうか。イチャイチャな夜にダイレクトアタックって……完全に″そういうこと″だよな。


 貞操の危機に、思わず無意識で両手を股間に添えて震え上がる。


 お風呂から鳴り響いたアラーム音は不快なほどやかましかったが、結果的には救いの鐘だったということだ。


 安堵の息を吐いていると、


「仕方ありません。続きはまた後ほどということで。ひとまずカイト様から一番風呂を使っちゃってください」


「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」


「ええ。あ、次私も入るので湯船のお湯は抜かないでくださいね。カイト様の残り湯、堪能させてもらいます♡」


「……抜いた方が良さそうだな」


「ヌ、ヌくのですか!? ではその残り湯……いえ、残り汁も……ごくりっ」


「残り汁言うな。『お湯を』抜くってことだからな?」


「ふふっ、ジョークです」


「お前のはジョークに聞こえないんだよなぁ……」


 残り湯を堪能なんて言われたもんだから。いっそのこと一番風呂はフィオに譲ろうかとも思ったのだが。


(……それはそれでヤバそうだな)


 コイツのことだ。何かとんでもないことをしでかすかもしれない。


 当然、残り湯をどうこうされるのは嫌だ。


 だが、もしフィオの後に入るとなれば。そんなものでは済まないかもしれない。


 そうだな。湯船に特殊な薬ーーーーもっと言えば媚薬を混ぜておくくらいのことはしてきそうだ。


 そう考えるとやはり、俺が先に入るのは必須。


「行ってらっしゃいませ、カイト様♡」


「……」


 そのうえで。お湯は勿体無いし、そのうえ再び湧くまで待ってもらうことにはなるが……まあ、本人の行いのせいだから仕方ないよな。


 ーーーー残り湯、絶対抜いてやろっと。


◇◆◇◆


「すぅ〜〜〜〜っ♡ はぁ〜〜〜〜っ♡ すぅぅ〜〜〜〜〜〜っっ♡♡ はぁ〜〜〜〜〜〜っっ♡♡ すぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ♡♡♡ はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜♡♡♡」


 海斗とフィオがリビングで別れてから、およそ五分後。


 ーーーー脱衣所内に、甘い吐息が響く。


「すんっ♡ すんすんっ♡ こ、これが……男の人の……お、おパンツの、匂い……っ♡ 頭、パチパチすりゅぅ……♡♡」


 カイトが脱衣所の先の浴室に入って行ったのを確認し、すかさずカゴに放り込まれていた衣服の中からパンツを盗んで。齢十七歳のド変態はそれに顔を埋めると、濃縮された″男の匂い″に脳を震わせていた。


「カイト様がいけないんですよ? こんなもの置いておくなんて危機管理能力がなっていません。こんな……のお゛ッ♡」


 パンツを掴んでいる両の手のひらに力が篭り、その整った顔が、布へと更に食い込んでいく。


 目は蕩け、ひくひくと動く鼻は潰れ、そして緩んだ口元からは涎が零れ落ちて自身の太ももを濡らしているというあまりに酷い絵面。しかし彼女は自分がそんな″どうしようもない変態であると自覚させられる格好″をしていることにすら興奮を覚えてしまい、自分の欲望にストップをかけることができない。


 頭の中が、とめどない性欲に支配されていく。


 およそ一年に及ぶ一人暮らしで溜まりに溜まったフラストレーション。


 それに伴い、歪んだ性癖。


 年齢不相応なほどに成長し、持て余している身体。


 そこに与えられた餌。


 彼女の頭には、もう消しカスほどの理性しか残ってはいなかった。


 右手がパンツから離れ、徐々に身体の下の方へと伸びていく。


 彼女の理性が壊れるまで、あと少し……。


「…………はっ! こ、こんなことをしている場合ではありませんでした!!」


 しかし、時には消しカスも仕事をするものである。


 右手が胸の前を通り過ぎ、おへそのあたりまで下りた瞬間。


 すんでのところで、その手が止まった。


「じゅるっ。あ、危なかったです。気づいたら身体が勝手に。おパンツの力、末恐ろしいですね……」


 ギリギリのところで理性を繋ぎ止めたのは、ここに来た″真の理由″。


 彼女は決して、カイトのおパンツが目当てでここに来たわけではない。ただ視界に入ったそれの魅力に抗うことができず、咄嗟に手に取ってしまったに過ぎないのである。


「も、もう惑わされませんよ。今はあなたに構っている暇は無いのです」


 そう言ってパンツを元の場所に戻ーーーーそうとして、「ま、まあ勿体無いのでとりあえず貰っておきますが」と服のポケットにそれを突っ込んだ後。


 小さく深呼吸し、息を整える。


 そして、呟いた。



「待っていてくださいね、カイト様。すぐにーーーー」

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