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第27話 お風呂タイム

「ふいぃ( ´ ▽ ` )」


 お湯に浸かり、かれこれ数十分。


 扉一枚隔てた向こう側でフィオが奇行に走っていることなど露知らず。湯煙に包まれた広い浴槽の中から、腑抜けた声を上げる。


 脚を思いっきり伸ばし、頭の上にはタオルを乗せて……って、誰がおっさんだコラ。こちとらまだ二十二ぞ。ピチピチぞ?


「やっぱり木造っていいなぁ。気持ちえぇ……」


 にしても、流石は元々お金持ちが暮らしていた家だ。


 他の部屋同様。浴室もまた、しっかりとした木造建築だった。


 壁や床はもちろんのこと、浴槽に至るまで。そのどれもがコンクリートやアスファルトではなく木で造られており、まるで旅館のお風呂にいるようだ。


 加えてこのお湯。フィオに勧められて投入した入浴剤はどうやら柑橘系のものだったらしく、浴室中に広がる匂いはこの空間にとてもよくマッチしている。


 広い木造の浴槽に足を伸ばし、柑橘系の暖かなお湯に肩まで浸かる。こんなの……日本人で嫌いな奴はいないだろう。


「あ゛ぁ〜……う゛へぇ……」


 身体中から、疲れが抜けていくのを感じる。


 今日一日、朝からドタバタだったからな。きっと自分で思っていた以上に疲弊していたのだと思う。


 けれど、こんな素晴らしいお風呂を前にしてしまってはな。そんなもの、簡単に消し飛んでしまう。


「マジでずっと浸かってられるなぁ、これ……」


 実は俺は、だいのお風呂好きなのである。


 実家にいた時も、一人暮らししていた時も。一日の最後にはこうして必ず湯船に浸かり、暖かいお湯で身体を癒していた。例外があったとすれば、よほど体調が悪かった時か暑過ぎた時くらいなものだろうか。


 近所の銭湯や温泉にもよく行っていたっけな。ともかくお風呂というのは俺にとって一日の最後を″締める″大事なルーティーンであり、同時に身体を癒す回復手段でもあったのだ。


 そしてこれからは、そんな大事な時間をこの素晴らしい浴室で過ごすことができる。本当、フィオには感謝してもしきれないな……。


 心の中でそう、確かな感謝を呟きながら。水滴に濡れた天井を眺め、深い息を吐く。


『私と……ど、同棲……しませんかっ!?』


 この異世界に来て、初めてフィオと出会った時。まさか共に同棲をすることになるなどと、想像もしていなかった。


 そりゃあ見た目はドタイプだったし、第一印象ではお近づきになりたいと思ったさ。


 けれど、その後がアレだったからな……。


「……はは」


 思い返して、無意識に笑みが溢れた。


 彼女はド変態だった。整った顔も、年齢離れした素晴らしいプロポーションも。その全てを台無しにしてしまうほど、それはそれは重度の。


 一日を共に過ごしても、その認識にはなんら変化がない。それどころか確証が付いたくらいだ。


 だと、いうのに。


「まあ、でも。やっぱりいい子なんだよな」


 同棲しないかと誘われて。俺は……これっぽっちも嫌だなんて思わなかった。


 幾度と彼女の変態ぶりは見せつけられたし、振り回されもした。


 しかし、嫌いにはなれなかったのだ。


 それどころか、話せば話すほど。関われば関わるほど。フィオがいかに″いい子″なのかというのが見えてきて。


 嫌いになるどころか、むしろ……


「…………」


 その続きを考えようとして。ーーーーやめた。


「…………あっつ」


 じんわりとした熱が、顔の表面を支配していく。


 額に触れると、汗と蒸気に濡れていた。


 身体は熱いお湯に慣れ、浴室内に漂っていた湯煙も、もうすっかり晴れているというのに……。


 考えることをやめ、それが意味することからも目を逸らし。頭の上に乗せていたタオルで額を拭う。


 きっと長い間浸かっていたからのぼせたのだろう。……うん、そういうことにしておこう。


 嘆息して。


 タオルを手に持ったまま、腕を浴槽の外にだらりと伸ばし、呟く。


「身体、洗うか」


 気持ち的には、このまま立ち上がって浴室の外に出て行き、涼しい空気にでも当たりたいところだったのだが。


 生憎と、まだ身体を洗っていない。


 流石にそれを怠るのはまずい。外も家の中も過ごしやすい気温だったとはいえ、丸一日となればやはり気付かぬうちに汗はかいているはず。第一、身体を洗わずにというのは他でもない俺自身が気持ち悪く感じてしまうからな。


「はぁ。とっとと済ませますかね」


 その腰は、とても重かったけれど。


 ざばぁぁっ、と水音を立てながら。浴槽の中で立ち上がる。


「こちらにどうぞ、カイト様」


「おお」


 そして浴槽から出ると、そのすぐ隣の小さなバスチェアに腰を下ろして。「シャンプー」と書かれたボトルをプッシュし、髪の毛に擦り合わせて泡立てていく。


 どうやらシャワーは無いらしいが、それもまたこの浴室には雰囲気が合っていていいだろう。蛇口からはきちんと暖かいお湯が出るし、それを溜められる洗面器もある。充分だ。


「カイト様はどこから洗う派なんですか?」


「ん? そーだな……頭から、かな。んでその次に身体、最後に顔」


「ほうほう。では頭が洗い終わるまで待ってますね。お身体の方はお任せください」


「じゃあ任せようかな。助かるよ」


「ふふっ、お気になさらず。手によりをかけて、隅々まで洗体させていただきます♡」


「ああ。楽しみにしてる」


 自分の頭からシャカシャカと心地のいい音が鳴るのと同時に。背後からも、それに似た音が聞こえてくる。


 おそらくはタオルを石鹸に擦り合わせている音だろう。身体を洗ってもらえるなんて、実にありがたい。


「……」

「……」



 ……………………ん???

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