石畳の道を道沿いに進み木造の家々の連なりがとだえたところで右に曲がると、あまり整備されていない小道がある。土と雑草を踏みながら先に進む。今日はよく乾いているが、雨の日にはぬかるんで通るのに苦労する。近くに山からの清流が流れているのでせせらぎが聞こえてくる。
先に進むと二手に分かれる道がある。分かれ道の境目には案内板が立てられている。
かすれた字で読みにくいが、右側の道は学び舎に続くと書いてある。左側の道のことは一文字だけ『狐』とだけ読むことができる。他にも文字が書かれていたようだが、かすれて読むことができなくなっていた。
志郎は気になって、看板に狐と書かれた左側の道の先を草木を切り分けてずっと歩いてみたことがある。終着点にはなにもなかった。山のふもとについてしまう。
いつも通り案内板通り右側の道を選んで進むと、すぐに学び舎が見える。簡単な造りの門があり、漆黒の墨で『霧隠れの学び舎』とかかれた看板が横に立てかけてある。
建物は焼け茶色の木材を主体としており 日光や雨風にさらされて経年変化した色合いが温かみを感じさせる。 黒っぽい瓦でできた屋根が印象的だ。平屋の学び舎についた窓は細長く、紙障子が張られている。夏は障子を開け放って風を取り込み、冬は障子を閉じて暖を取り込む。
学び舎の中は、小さな玄関と年季の入った畳の引かれた大きい教室しかない。生徒は玄関を通らず、草履を脱いで、縁側をまたいで直接窓から教室に入る。
志郎が到着したころには縁側の下には色様々な草履が乱雑に並べられていた。生徒達の聞きなれた話声が聞こえる。
志郎も草履を脱ぎ、一応列になった一番端っこに置き、縁側を越えて教室に入った。教室にはすでに多くの子どもが集まっていた。学び舎は十歳から十六歳までの子どもが通っている。十四歳の志郎は四年目になる。
志郎はうるさい奴らが集まる縁側に近い後ろの席からはできるだけ離れた、一番前の奥の席を好んでいた。大体自分の席は決まっているので、誰にも座られていなかった。
席について一息ついてからしばらくすると、反対側の後ろの席からひそひそと話声が聞こえる。自分の事を話しているのだとすぐに分かった。話声の中心は分かっている。竜太郎だ。
竜太郎は志郎より歳が一つ上でなにかと、取り巻きの三人と共に志郎のことを目の敵にしてくる奴だった。当然志郎も竜太郎を好かなかった。志郎はもともと友達を必要としていなかったし、無視していればいいだけだ。囲まれて暴力をふるわれることもない。村頭の跡継ぎを殴ったりなどとしたら、大きな問題となるのは竜太郎の阿保な頭でも分かっているのだろう。
いつも通り、聞こえないふりをし、提げ物袋から父親から渡された不必要で必要な事が書かれている学問書を読んで時間を潰していた。
学問書の中身は父親が言っていた通り、資源管理についてで、資源の再利用や持続可能な村の経済体系、そして自然との共生について詳しく記されていた。過去に数々の村が資源の乱獲や無駄遣いで破滅してしまった例や、自然と共生することの重要性、持続可能な農業や手工業の方法などが詳細に書かれている。
他の村が破滅した例については、この村が霧に包まれる前の話だろうから、この本の情報がいかに古いのかよくわかる。ただそれも村頭として知っておいて損のない情報なのだろうと理解した。