目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第13話 雅ババ

 次の日、村人は一斉に村の中央に位置する広場に集められた。


 村頭は用意された木造りの高台に上がった。その前には有力な役人がずらりと並ぶ。役人達と向かい合う形で村頭の言葉を待つ村人達に志郎は混ざっていた。


 村人ら志郎を見下ろす場所から父親の声が響き渡る。


「昨日は皆の勇敢な行動のおかげで、大きな被害を避けることができた。心から感謝する!」


 その後山火事による被害について説明があった。怪我人が数名出たがすべて軽度の火傷であったこと。数軒の家が全焼してしまったが再建に努めること。それに伴い一定期間働き手が必要となること。被害うけた家に寄り添う支援策にどよめきと拍手が鳴り響く。


 志郎には父親が下ろした拳に力が入った瞬間が目に映った。拍手喝采の中志郎は以前父親から渡された文献にも書いてあったことを思い出した。


 村の治世は何が出来事で崩れるか分からない。村頭として、治世を見出す可能性の火種は無くしていかなければいけないのだ。


 村人の集合体から一人の村人が村頭に問いかけた。拍手は止み他の村人は沈黙した。


「なぜ山火事が起こったのでしょうか?私は祖父にも山火事が起きたことなど聞いたことがありません」


 父親は一瞬の間を置き、その問いかけた村人の方に視線を向けた。その顔には、予想していた質問が飛び出してきたという冷静さと、何と答えるべきかの迷いが交錯していた。


「その問いに対する答えは、まだ確定的なものは持っていません。火の発端や原因は今のところ分かっていませんし、これから分かるともかぎりません。古い文献に出てくる雷も、霊峰様のおかげで何百年も確認されていません。しかし、何か特定の原因や人為的な要因があったのか・・・・・・私はそうは思いたくない。山に火をつけることに何の得が生まれるというのか」


 と父親は答えた。


 村の中には不安な空気が流れ始めた。村人たちは、その原因が自然のものであることを望んでいた。


 そんな時、志郎も聞き覚えがあるしゃがれた声が空気を掻き乱した。


「狐の策略じゃ!!」


 雅ババの声だった。


 一瞬空気が固まった後、村人の集団にざわめきが広がった。村人の一人が雅ババに近づき睨みつけながら声を荒げた。


「ババ!ボケているとはいえ、こんな大事な時に適当なことぬかすんじゃねえぞ!!狐ってなんだ?時々山を降りてきて、鍋の具材になるあの狐かい!?今はババのボケに付き合っている暇はねえ!」


 周りの村人もその言葉に応戦する。


「若造、ワシがボケているだと!ワシは全てを覚えておる!狐は隠れて霊峰様を陥れるために策を練っておるんじゃ!村人の中に狐にたぶらかされた者がおる!今回の山火事はそやつの仕業じゃ!」


 雅ババが精一杯のしゃがれた怒声を振り絞る。


 一瞬の間があき、その後、周囲の村人達は一斉には笑い声を上げた。霊峰様を見たという主張は老婆の戯言だと周囲は決めつけていた。


「雅ババ、狐にたぶらかされるって!まず狐と話せるわけがねえ!そんな頭の狂ったやつこの村にはいねえ!」


 と若い女性が笑いながら言った。


「おばあちゃんの夢物語に乗せられるなよ!」


 と、別の男がからかうように付け加えた。


 雅ババは周りの笑い声に苛立ちを隠さなかった。


「そなたらが妾の話を信じなくとも、その事実が関係しておるかもしれない!ただそれだけじゃ・・・・・・」


 その言葉以降、村人たちの笑いや馬鹿にする声が次第に大きくなり、雅ババを囲む雰囲気は更に悪化していった。


「そこまでにしないか!」


 高台で黙っていた村頭が手を叩きながら声を上げた。一時の静寂が訪れた後、雅ババの周りに集まっていた村人は散って行った。


「ケッ若いのは馬鹿ばかりじゃ」


 捨てるように言葉を吐いて雅ババをその場から去っていった。雅ババが去り際、こちらを見た気がしたが、気づかないふりをした。雅ババは確実に狐のことを知っている。けれども今回の山火事と僕は関係ない。雅ババは間違っている。狐は山に火をつけろなんて言わないし、言われたとしても僕は従うことはない。狐と山火事は関係ないんだ。


 村頭は雅ババが去る姿をじっと見つめながら、村人たちを落ち着かせた。その目には深い憂慮があった。


「皆の心の中にある不安や疑問は理解できる。だが、私たちはこうした時こそ、互いに理解し、支え合おう。今日は集まってくれてありがとう。各々の生活に戻ってくれ」


 村頭の言葉に、集まった村人たちは静かに頷き、ほとんどの村人が、霊峰神社へつながる石段を登り始めた。今回の山火事も結局霊峰様が雨を降らせてくれなかったらどうなってたか分からない。


 志郎は、登り行く人々を見上げながら、ふと心の奥底で疑念が渦巻いているのを感じた。


 山火事が霊峰様の力によって鎮められたのなら、なぜ火事は起きたのか。村人の誰かが火をつけたなら何のために……


 なぜか袖のこげた春子が脳裏に浮かんだ……女子は後ろで水桶を前に運ぶ役割だったはず……なんであいつはあんなに炭で汚れて袖が焦げていたのだろうか??いや、あいつにそんなことする理由ない。考えすぎだ……


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?