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第15話 逃げた先に

 霧で霞んで見える神社の前にちょこんと座る銀色の狐が志郎を見つめる。


「よく来てくれたね。相当急いでここに来たんだね。そんな息を荒くして苦しそうじゃないか」


 銀色の狐の声は穏やかでありながらも、その目は志郎の心を見透かしているようだった。


 志郎は深く息を吸い込み、自分の中の嵐を静め、志郎は心の中で渦巻く感情を整理しようと努力しながら、狐に向けて言葉を綴った。


「君がいう僕の中にある悩みが、君に願いたい事がようやく分かったんだ。それは……」


 その後の言葉は志郎口から出ようとしなかった。自分が生まれてからずっと気づかないようにしていた思い、この続きを口に出してしまうと何となく全てが変わってしまう気がした。


 葛藤している志郎の下へ狐はゆっくりと近づき、温かな尾で志郎の手を軽く触れると、志郎の心に安心感に似た静けさが広がる。これは狐の神秘的な力に思えた。


「私にそれを教えてくれないか。それがどんな願いでも私は受け入れ、叶えてあげよう」


 狐は志郎の目を見つめている。志郎も狐の目をしっかりと見つめ返した。


「僕は・・・・・・逃げ出したい!村頭の後継とか望んでないんだ、そんな人生は嫌なんだ!この願いが子供じみていて馬鹿げているのは分かっている。けれど嫌なんだ!自由になりたいんだ!」


 言葉を終えたあと、志郎は大きな息を吐いた。自分の中にある靄をすべてを吐き出して志郎の心が軽くなった気がして、自然と笑みが溢れていた。


 狐は静かに志郎の言葉を聞き、そしてゆっくりと頷いた。


「志郎の願いはしっかりと私に届いたよ」


 狐がそういうと、眩い光を小さな身体から放ったと思えば一瞬にして身体大きくなり、体毛はより多く長くなり、尻尾の数が3本から5本に増えていた。


 狐はその新たな姿で、より神秘的な雰囲気をまとい、志郎に対してさらに力強い存在感を示した。


「自由とは、本当なら誰もが本質的に求めるものだった。それをこの村に住む人間は家柄に縛られた人生を受け入れ、そのうち自由を忘れてしまった。きみがそれを願うことは決して子供じみているわけではない。むしろ正しい事なんだ。私の力でその自由を君は手にすることができる」


 狐の言葉は、志郎の心の奥深くに響いた。志郎の願いは、単なる逃避ではなく、自己実現への当たり前の欲求だったと狐は教えてくれた。


「しかし、その自由は責任を伴う。自分自身の選択とその結果を全て受け入れなければならない。それが、本当の自由への道だ。君はその覚悟があるかい?」


 志郎はその質問に深く思いを馳せた。自由とは、束縛からの解放だけではなく、その後に待ち受ける未知の結果を自らの意志で選び取ることでもあった。自分の道を自分で決め、そのすべてを受け入れる覚悟。それこそが志郎が求めていた自由の本質だった。


 志郎は狐の眼差しを受け止めながら、堂々と頷いた。


「自由を手にするには行動しなければならない。そのために私の言うとおりにして欲しい。すぐにでも願いを叶えてやりたいが、今の私は力を失っているのだ」


 志郎はあっけにとられた。この神秘的に見える狐に願いを言えばすぐに願いは叶えてもらえるものかと思っていた。志郎の心情を把握してか狐は言葉を続ける。


「いや、志郎の思うことはよく分かるし申し訳ないとも思う。ただ志郎の願いを聞けたことで見ての通り少し力がもどった。完全に力を取り戻すために志郎には簡単なことをお願いしたい。そうすれば志郎の願いは同時に叶えられる」


 志郎は予想していない展開に動揺していた。


「何をすればいいの??」


 狐は穏やかな声で答えた。


「まずは私の毛を抜いてくれ」

「え!?」

「ほら、早く!思いっきりお願い。できれば一本にしてくれ。痛いから・・・・・・」


 志郎は躊躇はあったものの言われた通り、手が届く腹の部分の毛を力一杯引き抜いた。


「痛い!!抜いたの一本じゃないだろう!?」狐の聞き慣れない甲高い声が少しだけ面白かった。


 志郎の手には2本の白銀に輝く毛が握られていた。


「その毛は肌身離さず大事にしてくれ。そのまま、奥に建つ青い鳥居を潜れるようになるから、その先にある祭壇を見つけたらそこに祀ってある大きな水晶玉を持ってきてくれ」


「その水晶玉はなんなの?」


「志郎の願いを叶えるために必要なものだ」


 志郎は狐の回答に頷いた後、「大事にして」と言われた2本の毛を口を使って腕に縛り付け、志郎は神社の奥に向かった。


 霧が濃く、足元もぼんやりとしか見えない中、薄青い鳥居がかすかに見えてきた。


 霧を切り裂くかのように立つその鳥居をくぐった。右腕に結んだ狐の毛が一本だけ切れて消えた。


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