志郎が鳥居をくぐると、目が潰れるかと思うほどの光を全身に浴び、瞑った目をゆっくりと開くと。
霊峰神社の境内が、一瞬のうちに幻想的な空間へと変貌していた。周囲を見渡すと、来る場所を間違えたのかと思えるほど、以前に訪れた時とは光景が全く違った。
水晶玉を取りに訪れた時は霧でほとんど何も見えなかったが、今回は壮大な光景に心を奪われていた。雲が下に見える。太陽をここまで近くに感じたことはない。
志郎はここの空気があまりに薄いことをすっかり忘れていた。変化した光景に見惚れる時間は一瞬に無くなり、以前と周囲の光景は違えど、志郎の姿は何も変わってなかった。息ができず、苦しさのあまり這いつくばるしかなかった。
「どうすれば霊峰様の従者に会えるのだろうか」
ここに来れば良いとしか雅ババは教えてくれなかった。
「だれも待ってなんかいないじゃないか・・・・・・」
体が酸素を求め呼吸はどんどんと早くなる。自分の考えがあまりに浅かったかこの時思い知った。ここに来られればなにか変わるかと信じていた。
「霊峰様・・・・・・僕の過ちをお許しください・・・・・・そしてお力を貸して下さい・・・・・・」
振り絞った声はすぐに空に溶け込み、一層体から力を奪った。
だんだんと視界に闇が広がり始め、もうここまでかと思った時、上から聞き覚えのない声が聞こえた。
「おーい!大丈夫かー!?」
「あれ、間に合わなかったかな?もう死んじゃったかな?」
志郎は問いに答える力も、目を開ける力も残っていなかった。意識だけはかろうじて残っていた。
「バカ天狗、よく見ろ、まだ脈打っているし、呼吸もしている」
さっきとはまた違う声?2人いるようだった。
「本当だ!生きてるんか!ようやったな坊主!あれ?こんなこと前にもあったような・・・・・・」
「バカ!そんなことはいい、早く食わせてやれ!」
「あーそうだそうだ、ほれ食え食え」
と言いながら、誰かが何かを志郎の口に運んだ。かろうじて残っていた意識で口に入りこんだ何かを咀嚼した。
それは甘くて香り高い何かで、今まで食べたことがないなんとも例えようがない味だった。それが口の中で溶ける。
あれ?なんか息ができる。荒かった息遣いが、ゆっくりと戻り始めた。不思議と志郎の体に力が戻り始めたようだった。
落ち着きを取り戻した志郎は手で膝を押しながら立ち上がったあと、お礼を言おうと2人に視界をやったとき、あまりの驚きに、一歩後退りしてしまった。
志郎の目の前にいるのは、明らかに人間では巨大な生物が二体。一体は、3尺以上あろうかとても背の高くずっしりとした体型をして、真っ白な装束を纏っていた。装束からはみ出した肌は赤褐色していて、異常に伸びた鼻に目がいく。絵巻で見るような天狗そのものだ。