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第21話 霊峰様の従者

「そんな驚かないでおくれよ」


 天狗が自身の長い鼻を親指と人差し指でさすりながら言う。


「人間はいつもそうだ。いつも守ってやっているというのに、我らの姿をみると感謝の礼すら述べない。ただ姿形のみで恐る」


 そう鋭さを感じさせる言葉を発するのは二足歩行ですらない生物だった。オオカミだろうか?どちらにせよ畑でよく見かける牛にも負けない大きさだった。この大きなオオカミは睨みつけるように志郎の様子をずっと伺っていた。


 姿形はどうみても異質な生物としか考えられない。狐が話し出した時はあまり驚かなかった。見慣れない姿形の巨大な生物と相対するのは狐と出会った時とは違う、強い恐怖心を生み出した。


「どうだい、少年、気分は良くなったかい?」


 天狗の問いに志郎は恐れながらもゆっくり頷く。


「まぁ俺たちの姿を見て恐れを抱かない方がおかしいだろ?」


「村人に我らの存在が伝わっていないからな」


「でも霊峰様も少しくらい俺の活躍を伝承として残してくれたっていいのにな!」


「軽々しくそんなこというな!バカ天狗!霊峰様のお考えは絶対だ。我らは陰で村人の生活を守るために存在していることを忘れるな!」


 大きなオオカミが天狗を睨みつける。続けて志郎に目線を変えて続けて言った。


「本当は大事な神果を貴様みたいな奴に食わせるのは私は気に食わないのだが・・・・・・ここに訪れた村人には果実を与えるのが決まりだからな。霊峰様から与えられた使命に私情を挟む訳にはいかない」


「神果とは何ですか?僕に何を食べさせたのですか?」


「人間を神に近づけるために与えられる果実だよ。息ができるようになっただろ?この場所は標高が高すぎて人間の体じゃすぐ死んでしまう。ここは本来、霊峰様の加護を受けたものしか立ち入ることができない場所だ。それなのに狐の奴が坊主みたいな奴をたまに送ってくる」


 志郎は天狗が言っていることがあまり理解できなかった。とにかく不思議な果実を意識が朦朧としている間に食べさせられたお陰で息ができているようだ。そして目の前の生物達は狐のことを知っている風だ。


 二人と言っていいのかと迷うところだが、目を潰されて話し声だけで判断するなら人としか思えないだろう。それだけ、目の前の生物には知性を感じた。この二人が雅ババが言っていた霊峰様の従者なのだろうか?


「おい、なにぼーっと突っ立っているんだ。つまらん奴だな!他に聞きたいことはないのか?」


 志郎に向けて天狗が言葉を放った。


「おい、お前はこの糞野郎に何を求めているんだ」


 そう口を挟むのは巨大なオオカミで、その後また志郎を睨みつける。


「おいおい、子供に糞野郎と呼ぶのは酷いだろー」


 天狗が口を挟む。


「はー、お前のそう言う甘いところが私は嫌いなんだ。こいつはな霊峰様の大事な水晶玉を盗んだ奴だぞ!」


「俺だって、お前のそういう厳しいところが大嫌いだ。この間の山火事だって俺が雨を降らして何とかなったのに、もっと早く降らせだの!量が少なかっただの!後からぐちぐち言ってきたな!お前は特に何もしていなかった癖に!!」


 天狗が狼に向かって怒鳴りつけた。


「今その話は関係ないだろ!!それにな降らすのが遅かったのは事実だろう、お前が火を消すのにもたついたせいで水晶玉を盗まれてしまったんじゃないか!!ついでに言うとな私は森の生き物を山火事に巻き込まれないように逃していたのだ!その後犯人探しに取り掛かっていたのだ。それもすべて霊峰様から任された大切な私の仕事だ!」


 同じくらいの声量で狼は言い返す。志郎はオオカミの発言の中に気になる部分が合った。


「お話中、割って入ってしまいすいません。少し質問しても良いでしょうか?」


 恐る恐る志郎は2人に問いかける。


「ん?なんだ坊主?」


「山火事の犯人を探していたというのは、前提として火をつけた人間がいるってことですよね?」


 志郎の問いにオオカミが睨みを効かせながら答えてくれた。


「そうだ。山の周囲の天候は霊峰様の保護の元管理されている。雷など自然現象で山火事が起きることなどない。ましてやあんな村の近くで雷など間違っても落とすことはない。あれは村人の仕業だ」


「犯人はわかったんですか?」


 志郎の問いにオオカミは首を横に振る。


「わからなかった。ただ火をつける場面に遭遇した小動物がいたんだ。そいつに聞いてみたところ、どうやら火をつけたのは貴様と同じくらいの年頃の紫の着物に肩までで髪が揃えられた女子らしい」


 春子だ・・・・・・オオカミから得た情報と、志郎の知っている春子が一致した。山火事の時、火の近くにいるはずのない春子がなぜか異常に顔が黒く墨がついていて、不自然に着物の袖が燃えて無くなっていた。あれはやはりおかしかった。でも何故?春子があんなことをしたんだろう?


 そのとき龍太郎が身内の家が焼けて、それを志郎に怒鳴り散らかしてきたことを思い出した。春子は火をつけるとき何も感じなかったのだろうか?


「僕はきっと犯人を知っています」


「ほう?貴様、洗いざらい吐いてみろ?」


 志郎は自分の知っている春子の事を全て話した。


「なるほどな。その春子とやらが火をつけたのだろう。村から出たがっていたんだろう?」


 天狗が問いかける。


「でも、なんで村の外に出たいからって山火事を起こす必要があるのかわかりません」


「貴様、頭良さそうな顔して馬鹿なのか?狐の指示に決まっていよう!春子とやらに山火事を起こさせ、われら従者を水晶玉の近くから離したのだ。その間に貴様に盗ませたのではないか!すべて狐の策略よ。我らもすっかり思い通りに動いてしまった」


 驚きで志郎は口を開けたまま黙ってしまった。


「春子も狐に会っていたなんて……」


 なんとなく違和感があった春子との会話が記憶に蘇る。


ーーいいわ!時が来たら出ていくから!

ーー時がきたらっていつだよ

ーー内緒!でも思っていたよりすぐ来るそうよ!


「狐に同様に利用された坊主なら彼女の心が分かるだろう」


 天狗が続けた。


 志郎は頭を抱えた。春子がなぜか第二地区からも仕事場からも離れた学び舎へ続く道で不自然によく出会ったことも、春子の言動も、全てが繋がっていく。


 春子もきっと狐の策略に利用されていたのだ。山に火をつけるなんて普通考えもしない行動をなぜとったのか、今の自分なら理解できる。すべては村の外へ逃げ出し自由を求めた自身の心を狐に見抜かれ上手く促されたのだ。


「狐に騙されるような間抜けな奴を救ったのかお前の気がしれん」


 オオカミが天狗に向かって再度言う。


「霊峰様の指示は絶対だと言ったのはお前だろ!この糞犬が!!」


「今なんと言った!?馬鹿天狗!今すぐ燃やし尽くしてやろうか!?我の火は鋼をも溶かす。天狗の身体なぞ、一瞬で灰にしてやるぞ!」


「おおいいぜ!やってみろよ。そんな力お前にあるわけがないだろう!?」


「貴様!!燃やし殺してやる!!」


 二人の言い合いが盛り上がり蚊帳の外になりかけていた志郎が間に入った。


「落ち着いてください。まずは僕の話を聞いて下さい!」


「あーそうだった!この坊主についてまずは考えないといけなかったわ」


 天狗があっけらかんとした顔で言う。


「我は最初からそう思っておったのに、お前が邪魔してをするから!」


「なんだと!ぜんぶ俺が悪いってのか!」


 また始まろうとする言い合いを見かねて大きく息を吸ってから志郎は精一杯の声を張り上げた。


「霊峰様に会わせてください!!僕の過ちを謝りたいのです!そしてなんとかして水晶玉を返したいのです!」


 こんなに大きな声を出すのはいつぶりだろうか。


「いきなり大声ださんでくれよ。びっくりしたわ」


 天狗は笑みを浮かべながら反応を示した。


「貴様は自身が何をしでかしたのか理解した上で霊峰様に会いたいと申すのか!大層大馬鹿者だ!」


 オオカミが鋭い目つきで志郎に問いた。


「分かっています。僕は霊峰様の霧を張る力を持った水晶玉を盗んでしまい、それを狐に渡してしまいました。そのせいで村の人を危険に晒してしまっています」


 志郎の答えを聞いた狐が、変わらない目つきで志郎に言葉を返す。


「貴様は大事な事が分かっていない。貴様が盗んだ水晶玉は霊峰様の半身だ。半身とは霊峰様の力の半分だ。それが奪われた今、霊峰様は悲しいほど衰弱してしまった。貴様がどんなに望んで会える状態ではない。まず私が会わせない。それ以上会いたいなどほざいてみろ!私が貴様を噛み殺す!」


 オオカミの威圧感に反応するように周囲の草木がなびいている。自然と下を向いて顔を上げることができなかった。オオカミへの恐怖心、そして罪悪感。


「そんな・・・・・・・会う事もできない・・・・・・僕はどうすれば・・・・・・」


 心が狂いそうだ。死ぬ寸前で生き延びたかと思えば、罪の意識がより重くなり潰れそうだった。


 見なくてもオオカミが自分をどんな目でみているのか分かる。その後の沈黙は。息が詰まるほど長く感じた。そんな空気に耐えられなくなったのか、天狗が口を開いた。


「まぁ、2人とも落ち着けよ。まずはさ!各々自己紹介をしよう!それから今後について考えようぜ!まだ俺たちは名前すら知らないんだから!」


 唐突な天狗の提案に志郎は戸惑いを隠せなかった。こんなの絶対オオカミが怒り出すに決まっている。様子を伺うようにオオカミの方を見る。


「まぁ、それもそうだな、お前の提案に乗るのは癪だが良いだろう」


 天狗の提案にオオカミは少し不機嫌そうにしているが、意外にも反対はしないようだった。

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