しばらくすると一悶着も終わり、焔は冷静さを取り戻していた。
「お前は本当に冗談が通じんな」
風磨が口角を上げながら言う。
「次無断で私に触れたら今度こそ噛み殺すからな」
牙から火花が舞っている。志郎にはだんだん2人ば実は仲が良いのではないかと思い始めてきた。
「話を元に戻しても・・・・・・」
志郎は様子を伺うように二人に問いかけた。
「ああ、馬鹿天狗のせいで話の腰を折ってしまった」
「待たせてすまんな。坊主」
風磨から笑えるほど反省の色はまったく感じられない。
「案内役の従者様はどのように探せばよいと思われますか?」
「あーその話の途中だったな。先も言ったが奴は村の中にいるとは思われる。それが奴の使命の一つだからな」
「村人に混ざって生活しているということですか?」
志郎の問いに焔は深刻な表情で答えた。
「奴の使命は霊峰様の存在を村に残し続けるものだ」
「それって・・・・・・」
「伝承のことだ」
村の伝承を伝えている人物。志郎の身近には一人しかいない。でもとてもじゃないが彼は霊峰様の使命という大層なものを背負っているとは思えない。
志郎は深く息を吸い込んだ。
「わかりました。霊峰様にお会いする道が困難であることが分かりました。それでも進みます。案内をしてくれる従者様をどうにかして見つけ僕は霊峰様に会います。そして狐から水晶玉を取り戻す助言を頂かなければなりません」
「先も言ったように協力はしよう」
焔も風磨もそれ以上助言はくれなかった。それ以上に急を要する出来事が起きてしまったからだ。
「風の流れがおかしい・・・・・・外の奴らが入り込んで来たな」
風磨が突然今まで見せてこなかった神妙な顔で言う。
「そうだな、野鳥達も騒がしい。思ったよりも早く動き出したようだな」
焔の顔もまた先と違う怖い顔をしていた。
志郎は何が起きているのか分からなかった。突然緊迫感のある空気に一変した状況に戸惑うしかできなかった。
「二人ともどうしたのですか?外の奴らって何ですか?」
外の奴ら・・・・・・志郎は自分で言葉を紡ぐ内になんとなくその正体を察していた。
「もしかして・・・・・・鬼!?鬼が山に入ってきたということですか!?」
志郎は戸惑いを隠せない。村ではずっと恐怖の対象だった鬼が実際に攻めてきたのだとすれば、それは志郎が一番恐れてきたことだ。
「僕のせいで、村の人たちがたくさん殺されてしまう・・・・・・」
胸が締め付けられる。ただ、今泣いている場合ではないことは分かっていた。
「そう、お前達のいう鬼だ。霧が晴れたことに気付いて山に入り込んで来た。動きの向きからすると一日もかからず村に辿り着くな」
風磨にも若干の焦りを感じられる。
「焔さん!風磨さん!お力を貸してください!ぼくは村の人達を一番に守りたい」
潤んだ瞳で訴えかけるように二人の従者を見つめた。
「当たり前だ!俺たちが霊峰様から授かった一番の使命は村を守ることだ!!」
風磨は言葉に、焔も頷いていた。
「坊主はどうする?」
安堵し切っている志郎に風磨が問いかける。
「できれば、僕は鬼を見てみたい」
この時志郎の中ではすでに自分の運命を受け入れていた。それは自暴自棄の決断とも言えるかも知れない。けれども村頭としての未来を受け入れたことには変わりはなかった。
「僕は鬼がどんな奴らなのか知っておく必要があるんだ。その経験はこれからの僕に必要になるかも知れない!僕も連れていって下さい!!」
風磨と焔は一瞬顔を見合わせた後、風磨が声を上げた。
「一緒に行くぞ!坊主が案内役の奴を探すのは奴らを追い出してからでも遅くないはずだ」
「神果が与えた力を貴様の身体に馴染ませるいい機会になるやもしれん。まずは従者にならねばなにも始まらないからな」
風磨の荒々しい声に焔の知的な声が連なる。
「んじゃ、焔乗せてやれよ」
「なに、こやつを我の背中にか?人間など乗せたことはない」
どこか不機嫌そうに焔は答える。
「焔さんお願いします!」
焔は少し眉を寄せながらも、最終的には嘆息とともに頷いた。
「わかった。しかし、貴様、我の背に乗るのはただ事ではないぞ。しっかりと掴まっていろ」
「分かりました!」志郎は決意を込めて答えた。