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第24話 鬼の正体

 人生でオオカミの背に乗ることになるとは、想像もしていなかった。志郎は慎重にその大きな背に乗った。大きく真っ赤な毛に包まれた身体にしっかりと両手両足で挟み込むように掴まった。


 焔は物凄い勢いで駆け出した。霊峰台地の丘から降る焔の速度は志郎の想像を超えていた。自分の全身の皮膚が一気に後ろに持っていかれそうだ。風磨は背中の羽を広げて上空を飛んでいる。


 志郎を背に乗せた焔は物凄い速さを保ちながは、山の花や動物を器用に避けて下に向かって進む。志郎は振り落とされないよう必死だった。


「おーい、坊主大丈夫かー?」


 上空から志郎に問いかける声がするが、答える余裕などない。


「貴様がこの速さの中、生きていられるのも神果を食べた効力だ。普通なら初速の段階で、肉片となっている。そうでなくともこの速さの中、息などできず気付いた頃には死んでおろう」


 焔の言葉にも頷くしかできなかった。口を開いたら他の力も抜けそうな気がして話す事など到底できなかった。


 しばらくその状態は続いた。その時の長さから改めて霊峰台地がいかに標高が高く、村とかけ離れた別世界にいたことを感じさせる。


 焔の走る速度が徐々に落ち着いてきた。先ほどまで走っていた傾斜ではなく、平坦な場所にたどり着いたようだ。


 久しぶりに感じる酸素に満ちた空気を思いっきり吸い込んだ。ここがどこだか志郎はわからない。山の中に入った事すら人生でないのだ。どっちの方向に村があるかも分からない。


 そんな事を志郎が考えていると、ゆっくりと歩く焔が口を開く。


「もうそんなに力を込めずとも大丈夫だ。貴様がずっとそうしているから私の毛が何本も抜けてしまった」


「ごめんなさい!」


 たしかにぐっと握りしめた拳の中に真っ赤な毛が何本も入っていた。


「抜けても私の大切な毛だ。だが貴様にやる。大事にとっておけ」


 焔の言葉に、志郎は少し困惑しながらも、その毛を左手首に結んだ。右手首に結んであった狐の毛はもうない。


 それからもしばらく焔の背中で揺られていた。相変わらずすごい速度だが、平坦な場所だからなのか、速さに慣れてきたのかあまり恐怖は感じなくなっていた。


「奴らはこの先にいるぞ」


 上空から風磨が叫ぶ。


 たしかに周りの木々はざわめき、森の中は不穏な空気に包まれている、小さな野生の動物たちは志郎達と反対側を目指して走っている。動物たちも異変を感じているようだ。


「急ぐぞ!!」


 言葉と共に焔がある方向へと加速した。志郎はまたしてもオオカミの背中にしっかりと身を預ける。焔は機敏に動き、木々の間を縫うように進んでいった。その動きは流れる水のように滑らかで、志郎はその身体能力にただただ驚くばかりだった。


 やがて志郎はこの先にいる何かの存在を強く感じ始めた。恐怖に似た警戒心が志郎の中で渦巻く。


 見ると焔の耳がピンと立ち、風磨も焔の横に静かに降り立ち様子を伺っているようだ。


 ゆっくりと一同は先に進む。森の奥深く、何かの気配が濃くなってきた。音から察するに、邪魔な草木を切り落としているのだろうか?何かの声が聞こえてきた。


「なんだ!この森は俺たちの進行を邪魔するみていに草木が生えてやがる。切っても切っても前が見えないぞ!」


「ここはどこなんだろうな?妖怪が住みつく場所があるはずなんだろ??」


「俺だって知らねえよ!」


「オラ、こんな気味の悪い場所あんま長居したくねえよ」


「俺だってそうだよ!でも殿様からの勅命なんだ!何かしら報告しなきゃならんだろうが!それまで帰れると思うなよ!」


 複数の声が聞こえる。鬼も言葉を話すものなのかと驚いた。


 志郎達は気づかれないよう出来るだけ音を立てないように気をつけながら近づく。


 草木の隙間から確認できた彼らの姿に志郎は動揺を隠せなかった。信じられないことに自分と同じ人間の姿形をしていたからだ。


「あれは本当に鬼なの?」


 志郎はすぐに聞かざるえなかった。それに風磨は答える。もちろん気づかれないように小声で。


「そうだ。あれがお前ら村人が何百年もの間恐れてきた鬼だ」


 村で伝えられていた鬼の姿は、牙を剥き出しにし、ツノの生えた青い肌。恐ろしい形相で人間を食べる化け物。けれども訛りはあれど言葉を発する者達を、見れば見るほど人間にしか見えない。


「あれは鬼じゃないよ」


「俺は何も言えない。坊主は鬼がどんなものか知りたくてついてきたはずだ。俺たちは連れてくることしかできない。それ以上は坊主が自分で考えろ」


「これからどうするの?」


 志郎は従者二人に向かって問いかけた。


「もちろん山から追い出す。殺すしかない」


 躊躇なく焔は答える。


「どちらにせよ、次々と奴等は霧の晴れたこの山に押し寄せるだろう。ならば確実に数を減らすべきだ」


 焔の言葉に志郎の心は揺れ動いていた。焔が殺すという対象は人間にしか思えない。例え鬼なのだとしても・・・・・・それがいいことなのか。正しいことなのか・・・・・・青ざめた顔で助けを求めるように風磨の顔を見上げた。


「こいつと意見が合うのは珍しいことだが、殺すべきだ」


 その声は驚くほど冷静だった。


 この二人がそういうなら志郎にはなにもできることはない。これから起きる事象を見守ることだけだった。


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