焔は隠れていた茂みから恐ろしい声を上げながら鬼と呼ばれているもの達に向かって飛び出して行った。風磨も続いて羽を広げて飛びだしていった。
鬼らしき彼らは突然現れた異形の生物に悲鳴をあげ逃げまどっていた。彼らは十人確認できた。
その半分は一瞬にして焔に頭を噛み砕かれ、風磨によって首を引きちぎりられていた。志郎はその惨たらしい光景を変わらず茂みから眺めていた。
鬼は村の敵で、その鬼が無惨に殺されるのは当然のこと。むしろ喜ばしいこと・・・・・・自分に言い聞かせるようにただただ眺めていた。考えるのをやめていた。
残された5人の鬼は悲鳴を上げながらも陣形を整えるためか集まっていた。よく見ると何人かは志郎がしらない筒のようなものを持っている。
「ヒナワを構えろ。早く!!」
ものすごく慌てた様子で叫びながら鬼達は筒を構えた。ヒナワと呼んだものはあの筒のことのようだ。
鬼が持っている筒の向きを持ち変え、力強く握りそれを異形の生物に向けていた。
筒からはジリジリと煙が立ったかと思うと、その瞬間に鼓膜が破れるかと思うほど大きい破裂音のような音がなり、同時に起きた一瞬の静寂が終わり、反射的に瞑った目を開けたときには、風磨が膝をつき、ひきつった顔が目に映った。
志郎の知らない大きな破裂音がどのように風磨に影響を与えたのか、目に見える情報だけでは知りようがなかった。
膝をつき苦しむ様子をみせる風磨を横目に焔が筒をもつ鬼をめがけて飛びかかった。あっという間に焔の鋭い牙と爪に引き裂かれ血が飛び散る。残っていた5人も地に伏せていた。
戦いが収束したと感じた志郎はすぐに風磨の下に歩み寄った。
「大丈夫ですか?」
膝をついてもなお志郎よりも上にある風磨の顔は歯を食いしばり苦しそうだ。それでもか細くも怒りの感じさせる声で答えた。
「ああ、問題ない・・・・・・それにしてもあいつらが持ってるあの変な筒はなんた?とんでもない音とともに俺の右肩を何かが貫きやがった!」
風磨の手で抑える右肩の部分が装束の真っ白な色は真っ赤に染まっていた。
「我もあの武器については知見がない」
「遠距離の武器は弓だけって決まってるんじゃねーのかよ」
風磨が苦しみながらも叫ぶ。志郎にも弓以外に遠距離で、あれだけ威圧感のある武器について聞いたことはなかった。
「彼らはあの筒についてヒナワと呼んでいました。外の世界で作られた新たな遠距離武器なのかも」
ーー外の鬼達はより強力になっている可能性がある
早川先生は知らずとも予想は正しかったようだ。霧で外界と遮断されている五百年という時間の間に外の世界に住む鬼はより強力な武器を持っている可能性について語っていた。それが風磨の肩を貫いたヒナワと呼ばれる筒なのかも知れない。
「まだ生きている奴がいたか」
焔の視線の先には、血で濡れた手のひらを使って這いずり、必死に志郎達から逃げようとする鬼がいた。その姿はただ死に際でもがき苦しむ人間にしか見えなかった。
「ちょっと待って!!」
志郎は飛び掛かろうと牙を剥き出す焔の前に咄嗟に飛び出した。結果的に瀕死の鬼にトドメを刺そうとする焔の前に立ち塞がるような格好となった。
「貴様、何を考えている」
牙を治める様子は見せず、志郎を威嚇するような目をしている。
「少しだけ待って欲しいんだ。僕は話してみたい。彼らの言葉を聞きたい!!」
「奴らは鬼だぞ!まともな会話なの出来るものか!無駄な口を開く前に殺してしまうのが最善だ!」
「試みてみたいと分からないじゃないか!本当のところ彼らは鬼なんかじゃないのかも知れない。外の世界で生き残っていた僕らと同じ人間なのかも!」
「貴様、それくらいにしておけ!子供の我儘が通用する状況ではない。いい加減にしないと奴の前にお前から噛み殺すぞ!!」
威嚇してくる焔が恐ろしくて堪らない自分がいる。それでも本当のことが知りたかった。人間のようにしか見えない彼らが本当に鬼なのか、風磨に聞いてもはぐらかされた。焔に聞いたところでまともに相手をしてくれなかっただろう。
従者の2人は鬼について詳しく話そうとしない。それが自らを殺気立った焔の前に晒した理由だった。
「僕は決めたんだ!君がどんなに脅そうとも、僕は必ず彼と話をする!」
志郎は震える身体を必死に抑えながら、本気で怒鳴った。
「貴様、正気ではないな!死んで後悔することになるぞ!」
殺気だった焔の声と共に周囲の木々も怯えるようになびく。
志郎は帯に刺しこまれた鞘から慣れない手つきで刀を抜いた。霊峰神社の鳥居を潜る前、仁さんが渡してくれた家の倉庫に長年しまってあったところどころ錆びた刀。
まさか最初にこの刀を抜く相手が鬼でもなく狐でもないなんて。志郎は学び舎の道場でならった狐辰夢想流の構えをとった。
志郎が刀を構えたと同時に焔が問いかけた。
「貴様、その刀どこで手に入れた」
刀を構える志郎の格好を嘲笑うか、なにもいわず噛み殺させるからどちらかだろうと思っていたが、焔の意外な反応に驚いた。
「この刀は家の倉庫で長いこと眠っていた。ところどころ錆びているけどかすり傷くらいはつけれるはずだぞ!!」
この刀はおそらく焔の皮膚どころか紙一枚切ることが出来るかも怪しい。
「そうか・・・・・・なぜそれが貴様の家の倉庫にあったのかは分からんが、どこかの神の力が宿っている」
「え?この刀に?」
視界の端で刀をみる。特にそんな大層なものには見えない。年期がはいり切ったなにも力の感じない刀だ。
「やめだ。この場はお前の勝ちで良い。その刀で仮にかすり傷でもつけられれば従者程度の我にどんな影響があるかわからない」
そういうと、さっきまで発せられていた恐ろしい殺気も消えていた。
志郎も一気に緊張が解け、身体中に入っていた力が一気に抜け、大きなため息をついた。焔は志郎に背を向け風磨の下に寄っていった。
「これは良いことなのだろうか?」
珍しく焔の方から風磨に尋ねた。
「俺はこれが霊峰様が望んでいることだと思う」
「そうだといいがな」
「霊峰様は心の声で我らにいくつか助言を託してくださった。一つは霧が晴れてしまうかもしれないこと。二つは子供が霊峰高台に訪れること。3つはその子供に協力すること・・・・・・」
「あの坊主が奴と話すと、いままで霊峰様が村の秩序を守るために行ってきたことが全て無駄になるやもしれんぞ!」
「それも霊峰様の望んでいることだと俺は思う」
「わかった。我もあの坊主を見守ることにしよう」
焔は覚悟を決めた顔をした。
「それに忘れてはなかったか焔?俺たち従者は村人を殺すことは禁忌だ。従者になるときに霊峰様と交わした最も重い約束。間違ってでも村人を殺せば我らは存在が消えてしまう」
「もちろん覚えているわ。少し脅せば引き下がるかと思ったがあやつ意外にも強情だ。この我に刀を向けるくらいだ」
「はは!先が思いやられるな!」
志郎にも聞こえるくらい風磨が笑うと、焔も釣られるように「ふふ」とだけ笑った。