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第27話 信頼

 移動中、志郎の心は不安と心配でいっぱいだった。村が無事であることを願いながら、焔の速さに身を任せていた。相変わらず焔の駆ける速さは凄まじかったが、最初ほど苦しくはなかった。速さに慣れてきたのか神果を食べたことで徐々に身体の構造が変わってきたのか・・・・・・。


「あとどれくらいでつきますか!?」


 志郎は上空を飛ぶ風磨に問いかける。


「もうちょいだー!この先はもう村だ!!」


 風磨の言った通り、行手の先にある木々の隙間から見覚えのある場所が見えた。


 バサっと草木が千切れる大きな音と共に志郎たちが飛び出した場所は、雅ババの家がある第二地区だった。


「武士達はどこからくるの??」


「出るところを間違えたな!奴らは広場の方に向かって来ているようだ」


 風磨は頭を掻きながら面目なさそうに答える。


「馬鹿天狗が!!面倒なことになったぞ」


 焔が苛立ちをみせる。


 道行く村人が焔と風磨の姿をみて悲鳴を上げた!その悲鳴に釣られて多くの人がボロボロの家々から出てきた。確かに面倒なことになりそうだ。


「霧が晴れたせいで巨大な山犬が降りてきよった!!」


「天狗もおるぞ!!わしらを喰らいにきたんじゃ!」 


「噂通り、霊峰様はわしらを見捨ててしまったんじゃ!!」


 焔達を見て村人たちが恐怖に駆られている。


「あれ?でかい山犬にまたがっているのは村頭のご子息じゃなかろうか」


 一人の村人が志郎を指差して声をあげた。


「本当だ、志郎様じゃ!なぜあんな化け物の背に乗っておるのだ!」


 それまで焔達から逃げるように距離をとっていた村人達が、志郎の存在に気付いてから逆に周囲を取り巻くように囲んだ。


「みなさん落ち着いてください。全てが終わってから説明しますが、これからこの村で戦闘が起こります!!男性は武器になりそうな物をもって広場に向かってください!!」


 志郎の声に、村人たちは戸惑いを見せ、その場で呆然とするのみだった。


「当然だ!貴様のような小僧の言葉を信じるものなどいない」


 焔の言葉は志郎の胸に突き刺さった。村人の顔で自分の言葉が届いていないことがわかる。自分にはまだ信用されるものがなにも備わっていない。それは今までの自分の生き方では当たり前の結果だと納得できる。


「そうみたいだね・・・・・・焔さん、風磨さん、広場に向かってください」


 志郎の言葉に焔は頷き、速やかに走り出した。風磨も空高く舞い上がり、広場に向かう。


 志郎達は村人たちの中を駆け抜ける。途中、雅ババの姿が目に入った。雅ババば懇願するような姿勢で、志郎達にというより、焔と天狗に向かって手を合わせていた。彼女の表情には信頼と期待が溢れているように見えた。


 広場の様子が確認できるほどに目と鼻の先に広場がある。志郎には父親の姿も確認できる。ただ以前見たときのように父親に問い詰めるように群がる村人の姿は見られなかった。広場に残っている村人は生気がないように座り込み、霊峰様がふたたび霧を張ってくれるのをいまかいまかと待ち続けているように天を見つめている。そんな村人を父親は眺めている。


 霧祭りのときあんなに賑わっていた広場は不安感の漂い希望の感じられない場所に変わっていた。こうなってしまったのは自分のせいだ。自分がなんとかしないといけない。湧き出す使命感が志郎の身体と思考を動かしていた。


「焔!飛んで!!」


「呼び捨てにするな!!」


 そういいながら焔が志郎を背に乗せたまま大きな広場にいる村人の頭上を飛び越えて父親の隣に大きな衝撃音を立てて着地した。


 周囲の村人、そして父親は突然の巨大なオオカミの登場に驚愕し声も出ない様子だった。


「父上!!大切な事を伝えに来ました!僕の話を聞いてください!」


 同時に上空から降りてきた風磨にも問いかける。


「風磨!あとどれほどで奴らはここに到着する??」


「えーと、あと一時間ほどかなー」


「本当に!?」


「いや、やつら迷っているようだから一時間よりもっとかかるかな??」


 それくらい時間があるならなんとかなると志郎は思った。


「志郎なのか!?本当に??何をやっているんだ!?そんな化け物の背中にのって!!何が起きているんだ!」


 やっと志郎の存在をしっかりと認識できたようで、それで余計に父親は取り乱している。


「父上!時間がありません!山を超えこの村に外の世界から・・・・・・」


 そこで言葉が詰まるそして志郎は全身を使い自分の限界と思われる大声を出した。


「外の世界から人間がこの村を襲いにやってきます!」


その言葉に広場の村人たちは一斉に騒然となった。


「外の世界に人間??」


村人達の混乱が一気に広場を包み込む。しかし、志郎の父は混乱の中でも冷静さを保っていた。


「外の世界の人間がこれから攻めてくるだと!?お前、何を言っているのだ?外の世界には人間はいないのは常識だろう」


「いや、この村の伝承は間違っていたんです。その理由は今は分かりません、でも父上。外の世界には間違いなく人間がまだ生きています。そして、彼らはこの霧の中の世界を恐れている。彼らにとって、私たちもまた外の世界からしたら鬼のような存在なんです。今、彼らは勘違いからこの村を襲おうとしています」


「それは真実なのか!?お前は今とんでもないことを口にしていることを分かっているのか!!村の伝承を否定しているんだ!村頭の後継の立場でだ!」


「はい、僕は全部わかっています!全部わかって口にしています!私はここに来る途中山の中で外の世界の人間と直接話をしました。その者は武士でした。ここに向かっている者たちも武士です!しかもこの村で伝わっている武士とは違います!革新的な武器を携えています!このままなにも準備をしなければ沢山の人が死んでしまうかもしれない」


志郎の言葉に、父親は深く考え込む。広場にいる村人たちもなにがなんだかわからない様子で、次に起こることに注目していた。そしてそこに風磨が口を挟んだ。


「坊主とそれにその父親、共々、まずは落ち着け。少しならその時間はある。坊主もこんな大勢の前では話しづらいこともあるだろう」


 風磨の言う通りだと思った。このまま熱くなっても父親は自分の言葉に耳を貸さないだろう。


「父上、良いですか?」


「良いだろう。化け物のいう通りにするのは癪だが確かにここでは腹を割って話すこともできんだろう」


「あの親父、俺たちを化け物呼ばりしているが、霊峰様の従者だと知ったらどんな顔するだろうな」


 風磨が志郎にしか聞こえない小さな声で楽しげに呟く。


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