風磨の言っていた一時間が過ぎ、二時間が経った頃、敵が近づく音が聞こえ始めた。
草木を切り落としながら進む音、大人数を感じさせる足音。村人全員がこれから戦闘が始まる事実を本当の意味で受け止めた瞬間だった。迎え打つ最善の準備は出来ている。
焔と風磨は塀の外の最前線で待ち構え、志郎と頼りない武器を携えた男達は塀の後ろで待機していた。父親は全ての村人に最後の指示を与え、皆の士気を高めた。
「奴らがくるぞ!誰一人として傷を負うことなくこの戦いが終えることを願っている」
志郎の父親の言葉が、緊張した空気の中で響き渡る。全ての村人が息をのみ、塀の向こうから迫り来る敵の足音に耳を澄ます。
一つ一つの足音が、彼らに迫る危機の現実を刻み込んでいった。
風磨と焔は塀の外に立ち、戦いに備えていた。彼らの強靭な姿に、村人たちは勇気をもらう。志郎もまた、自分の役割を果たすべく心を鬼にしていた。
やがて、武士たちの姿が視界に入る。ざっと二百人ほどだろうか?
彼らは異形の存在に戸惑いつつも、冷徹な視線で村を睨んでいた。
村の男たちは、震える手で鍬や鉈を握りしめ、覚悟を固めた。物置から見つけ出してきたような骨董品に近い甲冑を纏った村人が数人いるが、それ以外の者は普段着しか纏っていない。
対する外の世界から来た武士達は全身を鎧で固め、手には研ぎ澄まされた刀や槍を携えていた。そしてヒナワと呼ばれていた筒を持つ者達が最前列に並ぶ。
彼らからは戦闘への自信と迫力が感じられた。明らかに装備面で不利な状況にありながらも、村人たちは霊峰様の守護を信じ、自分たちの家族や家を守るために体の震えを抑えていた。
「霧の妖魔ども!!殿様の命で貴様らを討伐しに参った!!」
武士達の先頭に立つ男が高らかに宣言した。その声は威厳に満ち、武士たちを鼓舞し、それに武士たちは呼応し空気を揺らぐような雄叫びを上げる。
その雄叫びは志郎たちを瞬時に氷のように固まらせた。
志郎たちに生まれた緊張感を解いたのは霊峰様の従者の2人だった。焔と風磨は一瞬だけ互いを見交わし、次の瞬間、激しい動きで先頭の武士たちに襲いかかった。
隙をついた先制攻撃で武士達は同様するものかと志郎は思っていた。志郎は焔達と風磨の強さを知っている。幾らか文明に差があろうが、焔と風磨が人間に敗れることなど考えていなかった。
しかし武士たちは冷静だった。自分達よりずっと大きい異形の生物に対し、例のヒナワを構える武士が前に列を作る。そして空気を揺るがすほどの爆発音が何重にも重なり響き渡った。そして、二つの巨体は同時に地面に鈍い音をたてて倒れてしまった。
米袋で築かれた塀の隙間から覗いていた志郎は絶望していた。あの焔と風磨が何もできずやられてしまった。志郎は焔達だけでこの戦いが終わるとも思っていた。
自分達が戦う機会すら与えられないものかと思っていた。それはあまりに甘い考えで、武士達はずっと力を持っていた。悔しさを滲ませるような唸り声が2つの地に伏せた巨体から鳴る。
「まさか我々が近寄れもしないとは・・・・・・あの筒の数、甘く見ていた」
「やはり俺たちの身体を最も簡単に貫いて穴を開けてきやがる。これだけ穴をいっぺんに開けられりゃ流石の俺達も立ってられんわな・・・・・・笑えてくるぜ・・・・・・」
焔と風磨の声はあまりに力弱く志郎たちにまで届くものではなかった。
志郎達の思惑では、焔達が武士達の体制を崩したところを勢いに任せて塀から飛び出して武士達をより混乱に陥れるものだったが、すでにこの作戦は塵となった。
武士達は大きな爆発音を焔と風磨に向かって発することを辞めず、動けない2つの巨体を自分らの陣の中には推し運んだ。その後も焔らが動けないよう一瞬の隙もなく爆発音が鳴り響く。
「皆、落ち着け・・・・・・」
村頭の声だった。村頭の危機迫る顔の中に恐れと、諦めの両方が志郎には見えた。
「私が行ってくる。彼等も人間、我々に伝えられていた鬼ではなかった。こちらも人間であることが伝われば話し合いができるはずだ」
本気で言っているのか分からなかった。相手は対話をすることなく問答無用でヒナワを向けてくる連中だ。それでも父親は志郎達に背を向け立ち上がり、塀の外にゆっくりと両手を挙げながら歩いていった。どんな結果になろうとも、その後ろ姿は勇敢なものにしか見えなかった。
「聞いてくれ!我々はそなたらと同じく人間である!まずは我々と話し合いの」
父親の言葉はそこまでしか発っせられなかった。爆発音が何回か鳴り響き、何かが倒れるような音がしてから父親の声は聞こえなかった。
武士は高笑いをする。
「貴様らが何ものかなど我々にはどうでも良いこと!例え妖魔などでもなかったとしても、我らへの殿からの命は霧の中で生きる者の殲滅である!!」
志郎は震えていた。歯が自然と音を発し、涙が滲み出る。初めての感覚だった。死を近くに感じる・・・・・・志郎だけでない、なんの意味も持たない米袋でできた塀にへばりつくように大半の男達は怯えていた。
だが志郎を含め男達は分かっていた。このままここにいてもあの筒から爆発音が鳴って全員、最後の言葉も残せずに死んでしまうことに!けれど志郎は動き出すことができなかった。