父親と向かった先は学び舎だった。普段の学び舎の騒々しさはない。不気味なほどの静けさだ。父親と二人きりの教室で一畳ほどの距離を空けて二人は向き合って座っていた。
「早川先生は外出中のようだ。ここなら広場から距離も近いからな。それにお前が連れてきた化け物が門の前で立っているから、近づこうとする村人もいないだろう」
父親は一呼吸おいた。これから本題に入る・・・・・・緊張感が志郎を包み込んだ。
「私がお前の事を知っているのは龍太郎を殴ったということを聞いたのが最後だ。その後、お前は何をしていた。何を見てきた。まずは全部話してくれ」
志郎はいままで起きた事を洗いざらい一つ一つ、つぶやくように言葉にした。
狐に出会った事。村の全てから逃げ出したくなったこと。そこを狐につけ込まれて霊峰台地にいって水晶玉を獲ってしまったこと。そして水晶玉を狐に渡してしまったこと。そのせいで霧が晴れてしまったこと。その後、霊峰様の従者の二人に出会い、偵察のために外の世界からやってきた武士達をやっつけたこと。そしてその一人から外の世界について聞いた話。
今までのことを振り返って話していく中、これまで見てきたものがあまりにも浮世離れで本当に現実に起きたことなのか信じられない自分がいる。
それでも間違いない現実におきてしまった事だと諭す自分もいて、後悔と罪悪感が涙になって滴っていた。もう頭も心もごっちゃごちゃだ。それでも父親からただの一度も目を背けることをしなかった。信じてもらわなければ自分の後悔はより増す結果になってしまうのだから。
父親は深刻な面持ちで志郎の話を聞き続けた。志郎の話が終わると、一時の沈黙が教室に広がった。父親の表情は複雑な感情で曇り、しばらく何も言えない様子だった。
「霧が晴れたことにまさか、自分の子が関わっていたとは・・・・・・」
父親の声は震えていた。
「お前はどうしたい?」
父親は唐突に問いかけた。志郎ははっきりとした声でそれに答えた。
「責任を取りたいです!自分のしたことは許されることではありません。ですが逃げるわけにはいかない!この村を守りたい」
「村が無事で終われたとしてそれでも責任を取ったことにはならん。お前のしたことは自身で責任の取れる話ではない。それに、村を守りたい?お前の言っていることは当たり前にしなければならぬことだ」
「・・・・・・」
志郎は何も言えなかった。自然と俯き両手を膝の上でぐっと握りしめていた。父親の言う通りだ。村を守るのは当然のことだ。それで丸く収まる訳がない。自分の過ちが許されることもない。どこかで自分の罪が昇華される気でいた自分の甘さに苛立った。
父親は俯き固まった志郎の姿をみて深いため息をついた。
「お前は色々と勘違いをしている」
突然声色の変わった父親の声に志郎は自然と顔をあげた。
「お前はまだ子供だ。子供は何度も間違える。お前は優秀に育ったから間違いの正し方がわからないだけなんだ。子供がいけない事をしたら親が謝るんだ。お前、龍太郎の事を殴っただろ?だから私がこの混乱の中、合間に龍太郎の父親に先に謝ったさ。ぐちぐち言われたがなんとか上手く丸く収めといた。後でお前も直接の謝れよ・・・・・・まぁ私の言いたいことはな、子供の責任は親が取るんだ。どんなにその過ちが大きいことでもそれは変わらない」
続けて父親は言葉を続ける。その声色はまた元の厳しさを感じさせるものになった。
「私が責任を取れることにも例外がある」
「・・・・・・」
志郎はただただ父親の言葉を聞いていた。こんなに自分に語り出す父親は初めてのことだった。
「命については責任はとれない。謝ってもどんな処罰を受けても人の命は帰ってこない。だからこそ、お前の行いが村の民の死に関わらないように、絶対に村を守らなければならない。一人の犠牲も出してはならない。私のいうことが分かったか?志郎・・・・・・私たち家族が責任を取るためにも村を絶対に守る!」
父親の言葉は志郎の心に突き刺さる。
「その後はきちんと村の皆に自分のした事を説明します。それをしたことで父上にもご迷惑をかけます。その前にまずは村を守る事を考えなければ!」
「そうだな!まず教えてほしいんだが、あの化け物どもは何なんだ?」
父親の問いに気まずそうに志郎は答えた。
「彼らは、霊峰様の従者様です」
志郎から帰ってきた答えを聞いて、一瞬青ざめた父親だったが不思議に笑っていた。
「なんてことだ、霊峰様の従者様があのようなお姿だったとは知らなかった!化け物と何度いってしまったことか!これはやってしまったな、また謝ることが増えてしまった」
人は自分の想定以上の事が重なると笑えてくるのかもしれない。
「実際にとても力強い存在です。焔はちょっと頑固なところはありますが、最終的には手を貸してくれる優しさを持っています。風磨は抜けたように見えますが、謙虚で真面目な一面があります。基本は親しみやすく楽しい方です。彼らに僕は霊峰台地で命を救われていますし、外の世界の武士にも圧倒できる力をもっています。霊峰様の意志を直接反映したような存在です。霊峰様がこの村の安寧を願っているはず。彼らはきっと村を守るために頼りになると思います」
志郎は父親の反応に少し安堵し、焔と風磨の重要性を強調した。
父親は思いを巡らせ、しばし沈黙した。そして、志郎に向けて真剣な表情で言った。
「私たちは彼らと協力して、この村を守らなければならないな。この状況を乗り越えるために不可欠だ。それには上手く彼らを村人に紹介しなければな」
「彼らと一緒に、僕たちもできる限りのことをしないと!」
志郎は元気を取り戻し、父親に向かって頷く。
二人は学び舎を後にし、再び広場に向かった。村人たちが不安な表情で集まっている。第二地区にいた村人も広場に来ているようで、鍬や鉈を手にしている。数は少なかったが、志郎の言葉を信じてくれた人がいたことに喜びを感じた。
村頭は焔と風磨を村人たちに紹介し、彼らの存在が霊峰様の従者であることを伝えると村人はどう反応していいものか迷っている様子だった。だが徐々に拍手と喝采が大きくなっていった。巨大で異形の姿に対する恐怖心が霊峰様の従者という情報を飲み込み、徐々に薄れていく様だった。
「風魔、後どのくらいで彼らはここに到着する??」
「おお、なんだか、おまえ親父と話してから少し変わったなー!んーそうだな、あと一時間くらいかなー。やつらまだこの村の方向を分かっていないようだ」
「ありがとう!まだ一時間ある・・・・・・まだ間に合う!」
父親は残された一時間で何を行うか、広場の村人に指示を出し始めた。まずは全ての村人を広場に集めること。武器になりそうな物を何でも良いからかき集めること。そして敵が来る事が想定される山のふもとに米袋で塀を作ること。そして女子供は石や土器など投げられるものを出来るだけ持って霊峰神社まで登ることだった。
「おそらく大勢死ぬだろうなー」
日々の土地肥やしで鍛えられた男たちが米袋を重ねていく様を見て風磨がつぶやく。
「それでも、我らはできるだけの村人を生き残らせることに尽くす」焔が答えた。
その頃志郎は霊峰神社に続く石段を登っていた。
塀の方はだいぶ人手が足りていたので志郎は女子供に混じり、出来るだけ多くの投擲武器になり得る物を運んでいた。
神果を口にしてから割と時間がたっているが、志郎な自分の身体に変化が起きていることにその時に実感した。身体が物凄く軽い。
以前までは途方もなく感じた霊峰神社までの石段も、重いものを持っていても軽々と辿り着くくらいだ。一人で何往復もする志郎に皆、目を丸くして驚いていた。
村人たちも志郎の変貌に驚きつつ、彼の行動に触発されて一致団結して作業に励む。子供たちは石段を上がり下がりし、土器や石を集めていた。女性たちは食料や水を準備し、必要な物資を集めていた。
父親も皆と一緒に塀を築く作業を行なっていた。普段はあまり見られない村頭の汗をかいている姿を村人は物珍しそうな目で見ると同時に、村頭が肉体労働をしていることが異常事態が起きている事をより感じさせた。
時間が経つにつれ、村はひとつの大きな共同体となって外の世界の武士たちの襲撃に備えた。志郎はその中で、村頭の父としての側面を改めて感じ取り、感激していた。
「皆、頑張っている。この村には強い絆があるんだ」
志郎は心の中でそう思いながら、力強く作業に取り組んだ。自分が起こした過ちに立ち向かうために、自分にできる全てを尽くしていた。