志郎は自分の死に近づく感覚をゆっくりと感じていた。むしろ早く死にたいと思った。自分は生きていてはいけない。本当に皆に申し訳ない。
もし、あの世と呼ばれる世界があるのなら皆に全部打ち明けて謝りたい。・・・・・・やっぱり、それはそれで怖い。もう二度と村人に顔向けなどできない。
あの世で村人にもう一度木っ端微塵に殺されるなんてごめんだ。薄れゆく感覚の中でいろんな思いがよぎる。そんな時だった。
「起きなさい。私の可愛い子・・・・・・」
「・・・・・・だれ??」
女の人の声が頭に入ってくる。どこか懐かしい声。でもどこで聞いたのか、誰の声なのか、思い出せない。
「あなたはこのまま死ぬのを本当に望むのですか?あなたには過ちを正す責任があるはずでは?」
「もう、それはできない。皆を死なせてしまった。もう全て終わってしまった・・・・・・だから僕は死ぬべきなんだ・・・・・・」
「私はそうは思いません。この皆を救えて、この絶望的な状況をひっくり返せる力を与えると言ったらあなたの考えは変わるでしょ?」
「そんな力、どうやって・・・・・・」
志郎はそこでやっと分かった。先ほどからこうるさいほど語りかけてくるのが誰なのか。
「もしかして霊峰様??」
「ふふ、やっと気づいたのね」
霊峰様の笑い方は想像通り上品だった。
「霊峰様が新たに僕に与えてくれるという力があれば、全て元に戻る??」
「あなたが犯した過ちは無くならない。けれども村人はみんな元の生活を送れるわ」
「なら、僕は新しい力が欲しい。この地獄みたいな世界を元に戻せるなら」
「あなたはすでに神果を食べて肉体的に従者にも劣らない存在になっているわ。さらに力を求めるということはどういうことか分かる?あなたに力を与える代わりに私と約束してほしい。約束というより契約ね。それをあなたが承知すれば新たな力を与えましょう」
「契約??・・・・・・」
「私に直接会いにきて!私の頼みを聞いてほしい」
「それだけですか?」
「十分よ。この約束はそれだけ重いものだわ。今はその重さが分からないだろうけど、あなたの人生を大きくかえる約束になるわ」
「はい、会いに行きます。必ず」
「わかったわ・・・・・・約束は絶対よ。それじゃ、後でね、待っているから・・・・・・」
霊峰様の声が聞こえなくなってから、志郎の体に変化が生じ始めた。徐々に暗闇の中に光が現れ、その光が大きくなり、そして意識が戻る。彼の身体は傷を癒していく。
傷口から溢れる血が止まり、撃たれた穴が閉じていく。彼の身体は霊峰様から与えられた新たな力で再生を始めていた。
潰れたはずの左目が完全に視力を取り戻した時、まず目を向けたのは血の海に浮かぶようにうずくまっている村人の様子だ。
細いうめき声が多く聞こえる。再度立ち上がり武士達に立ち向かおうと思えるものはいないだろう。
「おい!見ろ!あいつ、生きてるぞ!!」
「馬鹿者!そんなことあるか!4.5発くらわせたはずだ。一発は俺のが頭を吹き飛ばしたはずだ!」
「でも、ほら、立ち上がっているって!」
武士達が士郎が立ち上がった姿に驚愕している。
志郎は虚な目で声が鳴る方を眺めた。
「あいつ不死身か!!」
「撃て!撃て!」
完全に怯えた様子で武士達は列を作り筒を構えた。
もう驚きもしない爆発音と共に飛んでくる銃弾は志郎の身体を貫く。
何も痛みを感じない。痛みを感じる間もなく焦げついた傷口は瞬時に再生する。
「あいつ、化け物か!」
「いや、あいつが妖魔か!」
「もっと!もっと!撃て、撃つのを止めるな!!」
撃たれるたびに、自分の肉片が飛び散り瞬時に飛び散った部分が元に戻る。
志郎はその場から動かず、相変わらず虚な目をしていた。何のためにここにいるのか?なぜ彼らは自分を怯えた目で見るのか?彼らは誰なのか?自分はだれなのか?
「あいつ、完全に我を忘れていやがる」
数分ごとに撃たれ続ける焔はつぶやく。
「しょうがないさ、坊主は完全に従者に覚醒したのさ。それもいきなり我々を余裕で超えた神の如き力を授かったのだ、人間の形を保っているだけでおかしい」
風磨の言葉には深い憂いが含まれていた。彼らは、志郎がもはやただの人間ではなくなったことを理解していた。強大な力を手に入れた志郎は、自我を失いつつあった。
武士たちは恐怖に震えながらも、次々と志郎に向けてヒナワを撃ち続けた。しかし、志郎の身体はそれを受けても一向に倒れる様子はない。しばらく志郎の体は無傷で立ち続けていた。
そんな志郎を正気に戻したのは、焔でも風磨でもなかった。
「志郎くん、正気に戻りなさい」
その声の人物は志郎の額に指で触れた。聞き覚えがある声、だが連想する人物の声色とは違う。あの人はもっと気が抜けたような頼りない感じだった気がする。
「あなたが・・・・・・どう・・・・・・して・・・・・・ここに・・・・・・」
「いやー生徒が困っている時に見て見ぬふりする教師なんて最低じゃないですかー。それは冗談なんですけど・・・・・・本当はこの争いが落ち着くまで身を潜めているつもりだったのですけど、あの山犬と天狗が役立たず過ぎたのと、天から私にお声が掛かりまして参上しました」
焔と風磨を指差して呆れる身振りをする。志郎を正気に戻していたのは早川先生だった。焔と風磨は変わらずヒナワの的になり続けている。
「もしかして・・・・・・奴か?」
焔が風磨に問いかける。
「奴だろうな・・・・・・霊峰様の従者で一番の古株。長いこと我々に顔を見せずに、急に現れては嫌味とはやはり好かんやつだ!」
早川先生を風磨が睨みつける。
「全部聞こえてるよー風磨くん、そんな睨まないでよ。全部霊峰様の指示なんだから」
「霊峰様の指示?」
志郎は完全に正気を取り戻していた。何となく状況を飲み込めた。早川先生が助けてくれたこと。その早川先生が霊峰様の従者だったということ。
「今はそんなに僕のことを話している暇はないよ!志郎くん!自分の目的を思い出すんだ!」
そうだ。僕は皆を助けなければならない。霊峰様から新たに授かった力で!!
志郎の腹にギリギリまで力を溜めて、その全てを使って村中に聞こえるくらいの大声を張り上げた。
「霧隠れ村の住人よ!!諦めるのはまだ早い!!皆がこの村で生きる意思があるなら僕が叶える!だから!立ち上がるんだ!!」
志郎の力強い声が村中に響き渡る。その声には、絶望の淵に立つ村人たちに対する希望の光となる。同時に起きた異常現象。薄い霧が折り重なって倒れる村人達を覆い、傷つき、怯えていた村人たちの身体と心を癒している。
不恰好な武器を握りしめた村人がゆっくりと立ち上がり始めた。そして自身の身体に起きた異常な現象は彼らに新たな勇気を与え、戦いの流れを変えていく力となる。そして村人は驚きに声を上げる。
「なんてことだ!俺の足は撃ち抜かれて飛び散ったはずが、治ったぞ!!」
「俺もだ!撃たれた場所が元に戻ってる」
「これで動ける!!」
立ち上がった村人は全員、志郎の呼びかけに応えるように、次々と村人たちの傷が癒され、彼らは自分たちの目を疑いながらも奇跡的な回復を実感した。
武士たちの攻撃によって受けた深刻な傷も、まるで時間を巻き戻すかのように元通りになり、彼らは驚きと共に喜びを感じ始めていた。
「これは…志郎様の力なのか?」
とある村人が声を上げた。その言葉に、村人たちは一様に志郎を見た。彼の姿は、彼らにとってはまさに救世主のように映っているようだ。
志郎自身は、自分の中に満ちた霊峰様から授かった新たな力を感じながら、村人たちの回復を目の当たりにしていた。彼の心の中には複雑な思いが渦巻いていたが、自分がこれから何をすべきか分かっている。何も変わらない。
早川先生は、風磨と焔を見ながら微笑んだ。
「さあ、いい加減、君たちも力になりなよ」
「できたらとっくに暴れてやってるわ!」
焔が言い返すが、早川先生は余裕の表情で説き伏せる。
「君達は霊峰様の従者を名乗っている癖に気づいていないのか?志郎君の神の如き力は君たちにも適用されているよ」
風磨と焔は互いに目を見交わした後、自身の身体を見渡した。銃弾を受けるたびに穴が開き、治りが遅くなっていた傷がまっさらに治っていた。
「本当じゃねーかー」
焔と風磨は雄叫びをあげ、今までの溜まった苛立ちを発散するように近くでヒナワを構える武士から次々と薙ぎ倒し、暴れ回った。
風磨が何かを唱え始めると武士達の頭上に黒く厚いく雲が立ち込める。そしてしばらくすると雨が降り始めた。
「妖魔の妖術だ!!くそ!ヒナワが駄目になった!!」
武士達は雨にひどく動揺した。
「まだ、それだけではないぜ!」
風磨はさらに何かの言霊を唱えると雲の中でバチバチとなり始め、雷鳴が轟き、雲から稲光が武士たちの間に落ち始めた。
焔は身体に炎を纏わせ、鼓膜が破れるかと思えるほどの遠吠えをあげながら武士達を威嚇した。
恐怖に駆られた武士たちは、慌てふためきながら逃げ惑う。
一方、村人たちは志郎に勇気づけられ、再び立ち上がり、自分たちの村を守るために奮起した。
「俺たちもまだまだ戦えるぞ!!」
「ワシもじゃ、村を守るんじゃ!!」
龍太郎と仁さん、村の男達が自身らを奮い立たせる。彼らもまた、志郎の力によって無限に思える回復力と勇気を得て、恐れることなく果敢に武士に襲いかかる。相手はよく研がれた刀に対し村人は鉈や斧、クワが武器だが、問題にならなかった。
不死身の軍団と化した村人に武士たちは完全に圧倒され、抵抗する余地もなく逃げ惑うことに終始し、形勢はあっという間に逆転した。
「なんなんだ、こやつらは!斬っても斬っても、立ち上がってきやがる不気味な化け物どもや!」
「不死身の奴らにはどう足掻いても勝てん!」
「撤退じゃー撤退じゃー」
武士たちの士気は完全に崩壊し、撤退を余儀なくされたようだ。彼らはこの村と志郎の力を侮っていたことを痛感したようで混乱の中で敗走を選択した。
武士達は志郎達に見向きをせず、負傷した仲間を背負い、来た道にぞろぞろと慌てて戻って行った。