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第32話 代償

「私たちの村は守られた!」

「信じられない・・・本当に勝ったんだ!」

「志郎様のおかげじゃ!」


 互いに肩を叩き合いながら、苦難を共に乗り越えた絆を確かめ合った。


 霊峰神社からも女子供達が状況を見て、駆け降りてきた。そして家族と抱き合い無事を温もりで確かめ合っていた。


 志郎はその様子を静かに見守りながら、深く思いふけっていた。


 まだ自分にはやらねばならないことがたくさん残っている。


 早川先生が志郎のそばに近づいてきた。


「ひとまずよかったね、志郎くん。しかし、まだ終わってはいない。次はどうする?」


 その問いに志郎は間も作らず答えた。


「霊峰様に直接会ってきます」


「君はもう、霊峰様と顔を合わせなくても、心でやり取りができるんじゃないのかい?」


「先ほどからなんども霊峰様に呼びかけているんですが、反応がなくて・・・・・・でも先ほど約束したんです。かならず会いに行くって!」


「そうか、会いに行くんだね」


「でも心のやりとりが出来ないのが不安です。霊峰様に何かあったということでしょうか?なにかあったなら早く向かわないと!」


「そんな心配しなくても大丈夫だよ。たまに僕が語りかけると応えてくれる時もあるんだけど、最近はほとんどないね。たぶん寝ているんだと思う」


「寝ているんですか!?」


「そう、最近はよく眠くなるんだって!なんか気が抜けちゃうよね。でもまぁ良かったね!心で霊峰様と話せたってことは君は従者として認められたって事だから!もしかしたらそれ以上かもだけど」


「そうですか?やっぱり今の僕は焔や風磨と同じように霊峰様に従者として認められたということなんですね」


「そう!あれだけの力を与えられて、尚且つ霊峰様の声が聞こえたってことは今の志郎君は焔や風磨と同等以上の存在になったと考えていいんじゃないかな?志郎君が霊峰様のお目に適ったってこと」


「よく分からないですね」


 志郎は少しだけ微笑んで返した。その時志郎をめがけて大人数の村人が慌てるように駆け寄ってきた。


「ぼっちゃん・・・・・・旦那様が大変です。傷の容態が悪化していて・・・・・・」


 志郎に一番に近づいてきた一人の村人の口から告げられた。仁さんだった。柄にもなく泣いたのか目が腫れていた。


 どういうことだ?頭が真っ白になった。だって、あの時確かに父親は瀕死の状態に陥っていたけれど、自分が従者に覚醒した時に皆と同じように治っているものだとそう思っていた。


 間に合わなかったなんて考えもしないことだった。


「仁さん!父上はどこ!?」


 きっと人々が騒がしく集まる広場の中央に父親が横たわっていることが簡単に想像できるのに。


 あえて仁さんを間に挟んで父親の元に向かおうとしている。きっと恐いんだ。早川先生にはここで待ってもらうことにして、志郎は仁さんの後に続いて父親の元に急いだ。


「皆どいてくれ!志郎様がおいでになられた!道を開けろ!」


 仁さんが叫ぶと父親までの道を塞ぐように集まっていた村人たちは速やかに道を作ってくれた。


「父上・・・・・・どうして・・・・・・」


 すっかり元気になっていると思っていた父親の身体は生気をなくし大勢の村人に囲まれて、広場の中心で固い石の地面に横たわっている。周囲がざわめき続ける中、ひたすら父親の名前を叫び続ける凛さんの姿があった。


「志郎さん・・・・・・」


 志郎に気づいた凛さんがゆっくりとおぼつかない足取りで近づいてきた。


「志郎さん!昭弘さんを助けて!!皆からあなたの活躍は聞いたわ!あなたなら昭弘さんを助けることができるでしょう!!」


 昭弘というのは父親の名前だ。普段の生活の中で父親の名前を聞くことはまずない。


「志郎さん!何してるの!?早く傷を癒してあげて!!」


 凛さんは思い切り志郎の肩を両手で揺らしながら叫んでいる。


 志郎は無言で凛さんの手をどけて、父親のそばに座った。父親の体に手をかざした。しかし、どれだけ霊峰様から与えられた力を使おうとも、父親の体には何の変化も起こらなかった。


 外の世界の武士に負わされた傷はすでに癒えていて傷跡すら無い。


「どうして・・・・・・」


 志郎の声は絶望に震えていた。村人を誰一人死なせずに村を守ることに拘っていたのは学び舎の教室で父と2人で誓い合ったからだ。


 結果的に村の人々を救うことができた。しかし自分のたった一人の肉親を失った。


 本当は横たわる父親の姿を見た時から命の輝きが失せていることに気づいていた。


 そして父親の身体に触れて初めて現実であると知った。それでも信じたく無い。


 他の皆は助けられたのになぜ父親だけ助けられなかったのだろうか?先ほどまで英雄視され少しでも満足感に浸っていた自分が嫌になる。


 村の皆は助けることが許されても父親は許されなかったのか。そうなのであればそれはきっと僕の親だから・・・・・・


 志郎は静かに目を閉じた。父親が死んでしまったのは自分のせい。自分の過ちが一人の人生を終わらせてしまった。


 自分が村から逃げようとなんて考えなければこの村は平和だったはずだ。そして父親が必死に務めてきた村頭の役目を自分が継いで、誰も逃げだそうなんて思わない素晴らしい村を作っていく人生もあったはずだ。


 きっとそれを父親は一番望んでいたはず。なんて僕は馬鹿なんだ。なんで逃げようとなんて思ったんだ!心は痛みと絶望で満たされていた。


「志郎さん、どうなの?昭弘さんは目覚めそう?」


 凛さんの問いかけに対して、志郎は深い悲しみを抱えながらも静かに首を横に振った。


 その瞬間、凛さんの表情は完全に打ちのめされた。彼女は泣き崩れ、父親の身体にしがみつき、悲痛な叫びをあげた。村人たちも、その光景を静かに見守っていた。


 志郎は、父親の冷たくなった手を握りしめ、内心で謝罪の言葉を繰り返した。


「父上、ごめんなさい。僕がもっと強く、賢ければ・・・・・・」


 嗚咽が交じった涙はなかなか止まらない。


 嗚咽が収まってきたころ、周囲の村人達は静かに、しかし丁寧に、父親の遺体を移動させ始めた。


 凛さんはまだ父親の身体から離れようとせず、やがて運ばれる遺体の手を握ぎりしめて付いて行った。


 残された志郎は空を見上げ、滴る涙をそのままに虚無感に包まれていた。


「大丈夫かい?志郎くん?」


 様子を見て早川先生が近づいてきた。


「もう大丈夫です」


 志郎は涙を拭いながら、早川先生の方を見た。


「先生、父上は辛くとも村頭として村を守ることに誇りを持っていました。その父を死に導いてしまったのは僕です。そして僕は最低な息子です。それでも村に守るために再び霧を取り戻します。それが僕にできる最低の償いです」


「それなら霊峰様に会いにいかなきゃね」


 早川先生の問いかけに静かに頷いた。


「そうか、でも忘れてないかい。霊峰様がおやすみになっている霊峰霊地という場所は霊峰台地よりももっと標高が高いところ、君一人で辿り着けるのかな?」


「わかりません」


「そうだよね!まぁ、そんな時のために僕がいるんだけどね!」


 早川先生はにやにやと微笑み出した。


「どういうことですか?」


「僕の霊峰様から授かった役目が霊峰聖地へ導かれた者の案内役なんだ。霊峰霊地へつづく道なんてない。僕が一緒にいないと元々一人では行けない所なんだよ」


「早川先生、それで、どうやって霊峰様の元まで行くんですか?」


「まずは、霊峰台地に行こう。そこからはねー、一言で言うと飛んでいくんだ!」


「え?それはどういう?」


「まあまぁ、それは後のお楽しみということで!」


 志郎は早川先生の言葉に驚きを隠せなかったが、同時に高鳴る気持ちも芽生えてきた。


「飛ぶ、ですか・・・」


早川先生は志郎の表情を見て、白い歯をみせ微笑んだ。なんだかいつものだらしない早川先生とは別人のように思えた。軽い性格はそのままのようだがそれは親しみやすいのでそのままでよかった。


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