――冒険者。
危険区域での活動や調査、武力行使を生業とする者たち。彼らがそう呼ばれるまでには、いくつもの歴史的変遷を経たが、源流に触れる者は少ない。
冒険者が互いを守り合うための組織となり、それがギルドとして発展するまでには、いくつもの思惑や政治的事情があった。
だとしても、今を生きる者にとっては些末な問題だろう。
なにせ、今夜挙げる祝杯とごちそう、明日の朝日を目に出来るかどうかすらも定かではないのだから。
そんな彼らを支えるのは、教会から与えられる祝福でもなければ、街を牛耳る貴族たちの気まぐれな庇護でもない。
冒険者たちが今日も生きてギルドの扉を叩くことが出来るのは、他でもなくカウンターの向こう側に立つ彼女たちの存在があるからに他ならなかった。
それはこのアリアーテの街、冒険者ギルド『
「朝の依頼貼り出しですよ~! ほら、集まって!」
「ひよっこ共、必要なら並べ。今日の訓練も厳しいぞ」
ギルドホールは、今日も朝から冒険者たちの熱と活気に満ちている。
依頼の相談、装備の確認、仲間との談笑、金属が擦れる音、威勢が良い掛け声、そして依頼書が紙の束から引き抜かれる音。
それらが混ざり合う中心に、冒険者たちの活動を支えるギルド受付嬢、通称『フローラ』の姿があった。
「お前、正気か。このゴブリン討伐の依頼を単独で受けると?」
その
ボサついたショートの赤毛は鮮烈で、真っ赤な炎のようだった。研ぎ澄まされた刃のような瞳は、片方が眼帯で覆い隠されている。
元一級冒険者のリコリスだった。
「は、はい……」
「舐めているのか?」
「え、いや! 故郷では、ゴブリンなんて何度も追い払いましたし、別になんてことは」
「それを舐めている、と言っている。巣の駆除をしたことはあるのか?」
「そ、それは……ないですけど」
リコリスの灼紅の瞳が、新人冒険者の粗末な革鎧と、まだ新しい剣を鋭く見定める。武器の装着の仕方が移動を妨げ、手入れが行き届かない鎧は所どころ金具が緩い。
筋肉の付き具合に目をやって、溜息を吐く。
「いつもの田舎から出たばかりの勘違い野郎か。いいか、ゴブリン1匹でも視界不良下では、3人以上の連携は必須だ。伏兵に不意を突かれたら、その足では逃げられないぞ」
「そんなゴブリン如きに逃げるなんて」
「如き、だと?」
「――ひぃっ!?」
威圧が明らかに強烈になる。若者はのけぞり、尻もちをついた。
「命を軽んじる者は、ギルドに登録する資格はない」
厳しい言葉は、新人冒険者の顔から血の気を引かせる。迷宮の地獄を見てきた者だけが持つ、本物の切迫感があった。
「貴様は教練所に行け。等級を得ずに、フリーで仕事を請け負うには早い」
「うう、あの、金がなくて」
「はあ。実力と根性を見せてこい、誰かが師匠につくなら貸付制度を案内してやる。……なにをいつまでも這いつくばっている、言われたらさっさと走れっ!」
「はいぃっ!!」
リコリスの叱咤を受け、新人冒険者は青い顔でギルドの訓練室へと走っていく。彼が去った後、鼻を鳴らして依頼書へと目を移す。その両足は光沢ある銀色の義足が露出していた。
「リコってば、厳しすぎるよ。もっと優しくしてあげなよ」
隣に座る月白の髪の少女、エピフィラがなだめる。
「ふん、エピか。ああいうやつが真っ先に死んでいくんだ。まともな師も持たずに、深淵に侵入しようとはな。うちで依頼を受けた輩が、簡単に死んではギルドの評判に関わる」
「まあ、それは……そうなんだけど」
「敵を矮小と甘く見る精神性が、そもそもスタートラインに立っていない。どんな人間でも毒を仕込まれるなり、動脈を撃ち抜かれれば死ぬぞ。……つい、この間も新人が行方不明になったばかりだ」
リコリスの助言は、時に来訪者のプライドを傷つけるが、そのおかげで命拾いした冒険者は数知れない。そこには彼らに生きて帰ってきてほしいという痛ましいほどの願いが込められていた。
「次っ! ……ああ、お前達か。先日は上手くやったな」
だからこそ、リコリスに担当をしてもらえると言うことは、冒険者たちにとっては幸運な事だろう。すぐに列に並んでいた別の一団が、カウンターに立った。
「もう」とエピフィラは困った顔をしたが、この厳しくも不器用な先輩がどれほどの優しさに満ちているかは知っていたから、それ以上は何も言わなかった。