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第14話 灯台はあなただよ

 ブルーベルの叫びは、ギルドホールにまで聞こえて来て、リコリスが「あー、すごいな。あいつ」とぼやく。椅子の背もたれに体重をかけて、天井を仰いだ。

 横目で見れば、他の受付嬢フローラや職員も、時折クスクス笑っている。威厳も何もあったものではなかった。


「ブルーってば、本当に真面目さんね。でも、わたくしはああやって、普段から感情をもっと出したほうがいいと思いますのに」

「……ブルーは普段から気を張っているからな、人付き合いが得意な方でもないし」

「ふーん。でも、もっと適当でいいと思うけどな~、にこにこしてたらみんな勝手にやってくれるのに」

「さすがに、お前はもう少し気張れ」


 受付嬢の中では、エピフィラは新人に近い立場なのに、あまりにも大胆不敵すぎる。ギルドマスターの合同会議に出席して、お菓子を食べていたと聞いた時には、流石にリコリスですら正気を疑った。


「まあ、感情をあらわにする相手がいるのは良いことだ。適度なガス抜きが出来たほうが良い。上司に向かってアレはどうかと思うがな」

「それ、リコが言うの? マスターにタメ口で話すところしかほぼ見たことないよ?」

「そこはアタシとブルーで役割が違うからな。アタシはアタシのやり方で、あいつに釘を刺してるだけだ」


 エピフィラは「ふーん」と納得したような、していないような曖昧な顔をした。

 すると、リコリスは急に立ち上がった。赤毛のショートヘアが、その小気味よい動きに合わせて揺れる。両の義足が光を反射し、カウンターの照明にきらめいた。


「おおっ! お前達、無事に帰って来たか!」


 リコリスは朝からずっと担当パーティが戻ってくるのを、待っていたらしい。日を跨ぐ初遠征をしたとかで、早朝から今か今かと落ち着きがなかった。

 カウンターに並んだのは、基礎の教練過程を終えたばかりの見習いばかりだった。みな、リコリスに憧れの視線を向けている。が、今日はそこに申し訳のなさもあった。


「なに、あまり収穫がなかった? バカを言うな、五体満足なんだからまずは喜べ」

「え、でも。せっかく色々教えていただいたのに、師匠たちにも顔向けが」

「バカ者っ! いいか、大きな怪我を誰もしてこなかったという事実が、教えをきちんと守った証拠だろうが。金になったかどうかだけで、仕事を測るな! 金になろうがなるまいが、取るに足りない仕事なんてないっ!」

「うっ、そのっ!?」

「いいから返事はどうした、返事はっ!」

「はいぃぃっ!」


 悲鳴交じりの返答を聞いて、リコリスは「よし、それでいいんだ」と暖かい太陽みたいな柔らかい笑顔で満足そうに頷いた。

 厳しく容赦のない指導をするいつもの姿とは違った一面に、見習いたちは思わず見惚れる。


「報告書は後で良いから、自分の師匠たちに顔を見せてこい。終わったら、ゆっくり話を聞かせろ。書類の書き方も教えてやるから」

「は……はいっ。ありがとうございます!」

「よし、行けっ!」


 バタバタと急ぎ足で、立ち去っていく見習いたち。

 一連のやりとりがあまりにも勢いが良かったので、エピフィラは「は~」と感心の声を漏らしてしまった。明らかに自分が絶対にやらないノリだった。

「リコって冒険者時代に、そういう指導を受付嬢フローラにしてもらったの?」

「へ? ……あ~? どうだったかな、意外と覚えてないな」

「……そういうものなんだ」

「なんか、師匠のことは覚えてるけど、見習い時代なんかいっぱいいっぱいだったから全然覚えてないぞ」


 「イエバがすごいムカついたことは、覚えてるけどな」とカラカラと笑い飛ばすリコリス。

 エピフィラの薄紅色の瞳には冒険者時代について触れた時に、リコリスから暗く重たいオーラが立ち上ったのが見えていた。


(それでもすぐに持ち直せるんだな、リコは)


 口には出さない。でも、少しだけエピフィラは考える。


(リコは、昔の受付嬢フローラなんて覚えてないかもしれないけど、きっと見習いのあの子たちはリコのこと、一生忘れないと思うな)


 そして、おそらく当時にリコリスを担当したであろう、受付嬢フローラもまたリコリスを忘れることはなかったのではないか。そう思った。

 だって、少なくとも自分がリコリスという人物を担当したら……一生、忘れられないだろうから。


「リコから響く物語は……わたくしのこんな能力リーディングがない人でも、きっと読みたいと思うもの」


 誰にも届かないように、そっと人々のざわめきに紛れ込ませるように舌で気持ちを紡いだ。エピフィラは、その気持ちを誰にも届かせたくなかった。それでも口にせずにはいられなかった。

 「灯台はあなただよ」と。

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