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第15話 エピローグ~華やかなるギルドの受付嬢~

 そこへ、遅番の受付嬢フローラたちがカウンターに座り始める。


「おはようございます、リコリスさん! 見習いさんたち、元気いっぱいでしたね!」

「ねー。ねえねえ、わたしの担当の子たちも『本当にリコリスさんみたいになれたらいいのに』って、みんな言ってますよ」

「……ふん、どいつもこいつもまだまだヒヨっこだ。せいぜい精進しろと言っておけ」


 普段通りの厳しいリコリスの言葉に、受付嬢フローラたちは顔を見合わせて「はい!」と笑顔で答えた。そのやりとりに最年長の受付嬢フローラは「今日も相変わらずねえ」と微笑む。

 それから、エピフィラは帰って来たブルーベルが横切ったのを見つけて、くるりと椅子の上で滑るように振り返り声を掛けた。


「ブルー。今日はイエバさんに『飲んだくれのぼんくら好色男っ!』って言わなくていいの?」


 仕事を再開しようとしていたブルーベルの指が、ピタリと空間に投影された情報の上で止まった。銀縁眼鏡の奥の澄んだ青い瞳が、見開かれる。


「エピフィラっ!?」


 エピフィラは、悪びれる様子もなく、クスクスと笑う。リコリスは、そんな二人を横目に「また始まったか」と、やれやれと首を振った。


「そ、それは……! マスターは、私が直訴しても、ろくに対応してくれないんですもの! 南西部の洞窟の件だって、もっと早く動いていれば、あんな大事にならなかったのに!」

「でも、好色男って~。わたくし、それは仕事ぶりと関係ないと思いますの」

「う~。だって、そんななかでも夜になったら女の子のいるお店に飲みに行くし!」


 ブルーベルの言葉に、エピフィラは目を丸くして「ええっ!?」と驚きの声を上げた。周囲のフローラたちも、「え、そうなんですか!?」「イエバさんてば、あの状況下で!?」とざわめき始める。リコリスは呆れたように息を吐く。


「お前、そんなことまで監視してるのか。まさか『閉じられた図書館クローズドライブラリ』を使ってまで、手を出してるんじゃないだろうな」

「監視なんてしてません! ただ、ギルドマスターの行動を把握するのは、職務の一環です! マスターの私生活の乱れは、ギルドの評判にも影響しかねませんから!」

「……はあ。ったく、ほどほどにしろよ」


 リコリスは思わず頭を抱えて、目を逸らした。あんな中年のおっさんを監視するなんて、目の保養にもならないだろうに。そんな風にさんざん言い合いをしてから、それぞれが各々の仕事に向かっていく。

 ギルドホールは、今日も活気に満ちている。冒険者たちが依頼を受け、出発していく。新しい物語が、また生まれては消えていく。それらを支え、見守るのは、カウンターの向こう側で職務を全うする受付嬢フローラたちだ。


 リコリスの言葉は、鋭い刃のようだ。

 だが、その根底には彼らに生きて帰ってほしいという切なる願いがある。彼女の厳しい指導は、彼らが明日を迎えるための道標となる。


 エピフィラの視線は、人には見えない物語を紡ぎ出す。

 時に幼く、時に神秘的でギルドの日常に、ふんわりとした彩りを添える。無邪気な感性は、誰もが気づかない『大切な何か』を掬い上げる。


 ブルーベルの分析は、まるで精密な天秤のようだ。

 彼女の正確無比な情報処理能力は、ギルドを守るための確かな土台となる。感情を排した言動の裏には、深い責任感と秩序たらんとする強い意志がある。


 アリアーテの冒険者ならば誰もが知る、ギルドの受付に立つ三つの顔トリフローラ。時に激しくぶつかり合い、時に静かに寄り添いながら、受付嬢フローラは死地へと向かう者たちを送り出す時、その背中に、惜しみない笑顔のエールを送る。


「いってらっしゃい! ちゃんと戻ってきてね♪」


 決して賞賛を浴びることも、主役になれることもないその場所で、頑張り続ける理由はただ、あなたたちに「おかえりなさい」を言わせてください、と。

 華やかでありながら、その奥に真摯な祈りを秘めたギルドの受付嬢たち。アリアーテの街に尽きることのない活気と、冒険者たちの明日への希望を支え紡ぎ続ける。

 確かにきっと、それは『ともしび』だった。

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