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第3話 十二日目の夜

 逗留十二日目の夜、予定された城下のすべての診察を終えて帰宅した多賀白庵と妻の里は、お互いに酌をして、カチンと伊賀焼のお猪口を当ててから、一気に飲み干す。


 明日一日挟んで、明後日は東海道の桑名へと旅立ち、江戸を目指す。


 「喜左衛門には世話になったな」と夫が切り出すと、妻も「本当に」と微笑んでうなずき、夫の空になったお猪口に酒を注ぐ。「お前も」と徳利を差し出すが、妻は自分のお猪口に手を重ねて「もう十分でございます」と遠慮する。


 白庵が「本当に出来た妻よ。愛してるぞ」と言うと、里は「な、なにを言うんですか?」と真っ赤になって照れる。


 白庵は頭をかいて言いにくそうに「実は、喜左衛門から、明日この村の診察をしてくれないかと頼まれておって」と言うと、里は「まぁ、そんなこと。もちろん里もお手伝いいたしますわ」と微笑む。


「いや、そうでなくて…」

「なんですの?」


 白庵は「どうも悪い予感がするんじゃ」とさらに頭をかくと、里は「なおさら、里はお供しますわ」とキッパリと告げる。


 だが、白庵は「なんとも言いにくいのじゃが、水呑みたちも診てやらんといかんのだ。彼らは…その…不衛生かもしれん。なにかに感染したりしたら」と言うと、突然、頭を畳に付ける。


 「ワシは、なにより里と一郎のことが大事じゃ。ここの者たちがそんなのではないと分かっておる。だが、侍医としての直感が告げるんじゃ、なにか想像以上のことがあると!」


 里は「…分かりました。旦那さまのことはすべて信じてます。では、里は明日なにをすれば?」と聞く。


 白庵はホッとして表情を崩し、「明日は一郎と一緒に安濃津に遊びに行ってくれれば良い」と言う。

 里は「津へ遊びに、ですか。旦那さまがそうしろとおっしゃるなら」と眉をひそめながら応じる。

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