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第10話 金沢屋の秘密

 多賀一郎がはしゃぎながら吉原への船着き場に向かっている頃、かつて「岡本の姫」と呼ばれた胡蝶こちょうは吉原の楼閣の二階から格子越しに晩春の澄み渡る青空を見つめていた。ふーっと煙管きせるから煙を吐き出すが、ケホッケホッとむせかえる。


 一階から女将が大声で「胡蝶!今夜、常連さんの予約入ってるからね!」と伝える。


 「そんなことは知ってるわ。私が手紙で誘ったんだから」と誰に言うでもなくつぶやく。


◇胡蝶の一人語り


 私は一年前、伊勢亀山城で新たな藩主板倉重常によって十二単を纏ったまま破瓜された。


 ただ、首を締められて気を失った初めての経験が「まし」だったことに間もなく気づく。


 それから十二日連続で犯されたが、二日目から板倉は気絶させるようなはしなかった。


 板倉は高貴っぽい女を責めるのが好みというのも、すぐに分かった。十二単のあと、毎日違う豪華な着物に着替えさせられた。


 「世間にはこんなにたくさんの着物があるんだ」と他人事のように考えだした十二日目。真っ白な袴を着せられた。


 なんだろう?調べものの好きな私も想像がつかないまま、行為が始まった。


 板倉は私を組み敷きながら自慢気に「伊勢の斎宮さいくうだ!」と声を上げると、私は「プッ」と吹き出した。


 私の中で板倉自身がしゅんと小さくなった感触を覚えた。私が板倉に勝ったと思えたのはそれが初めて、そして最後だ。


 十三日目、板倉は訪れず、初めての休息。


 十四日目、板倉は、七福神の恵比寿のように大きな腹をした商人を連れてくる。


 商人が奥御殿に通されることはまず無い。そいつはキョロキョロしながら、平身低頭に「江戸の廻船問屋の番頭をしております丸木五郎と申します。板倉様にはこの度、鈴鹿川河口の千代崎『金沢かなざわ川口かわぐち』築港という大命をいただき、誠に恐縮です。さらには奥方様へのお目通りを…」と言うと、板倉は「違う!こいつはただの遊女だ」とピシリと言う。


 丸木は「は?そ、そうでしたか、大変失礼しました」と動揺する。私自身、まだ「姫」らしさが残っていたことに少し驚く。


 丸木は「で、わたくしめは一体何用でここに?」ともっともな質問をする。


 板倉は「吉原にこいつを遊女として売り払う。吉原に飛び交う夜の情報は交易においても、政治においても重要じゃ」と言い、「尾張藩は吉原の何軒かの女郎屋を裏で経営しておるじゃろ」と眼光鋭く言う。私は「こいつはクズだが頭はいいな」とぼんやり考える。


 丸木は「殿様のお考えはご隻眼でありますが、尾張藩は六十万石、財力が違います。何人もの女郎を同時に送り込めます。一人だけでは…」と話す。


 板倉はそう言われるのが分かっていたように満足そうに「一人だけでは、なんじゃ?」とあえて問う。


 丸木はさすがに目を伏せて「それは、女は妊娠することです」と答える。


 板倉は十二単の私を見たときのように興奮しながら鼻を鳴らし、「こいつは妊娠しない。なぜならだからだ」と言う。


 私は「あー、やっぱりこいつはただのクズだ」と思う。



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