◇寛文十年(1670年)江戸
初夏に向かって日差しが強くなる江戸の日本橋。いつものように松尾芭蕉が酔っぱらいながら歩いていると、道端の蕎麦の屋台で酒を煽ってる多賀一郎を見つける。
芭蕉は「多賀
一郎は「なんすか?いきなり。芭蕉さんも、昼間から酔ってます?ちゃんと自分の分は払ってくださいよ」と目を座らせて言う。
芭蕉は「どうしたの?どうしたの?急に大人になっちゃったみたい。あぁ、聞いた、聞いた。吉原に行ったんだってね」と肘でつつき、「もしかしてオトナになっちゃった?」と、にたーっとして聞く。
一郎は「確かに吉原には行きましたよ。でもいわゆるオトナにはなってません」と憮然と答える。
芭蕉は「まぁ、初回で『なに』はできないからねぇ」とうなずくと、一郎は芭蕉の肩をガシッと掴んで、「教えてください。僕の絵を何枚売れば、太夫を揚げることができますか?」と真剣な表情で質問する。
芭蕉は「いきなりなかなか高めを狙うねぇ。そうだなぁ、朝湖くんくらいの絵師の絵なら」と頭で計算しだす。
一郎はゴクリと唾を飲み込む。
芭蕉は「百枚は必要かな」とあっさり言う。
一郎は「えーっ、ひゃ、百枚!無理だ!」と声をあげ、屋台の台に突っ伏す。
芭蕉はニヤリとして「とまぁ、それが常識だけど。この芭蕉さまに任せなさい」と胸を叩く。
一郎は「ど、どんなふうに?」とすがりつく。
芭蕉は立ち上がると「朝湖先生の名乗りを祝って、オイラの名前で大俳句大会を吉原で開いちゃいましょう!」と大見得を切る。
一郎は「芭蕉先生!」と抱きつく。芭蕉はヨシヨシとその頭をなでつつ、「で、揚げたい太夫とかっているの?」と聞く。
一郎は目を泳がせながら「芭蕉さんが前に言っていた胡蝶とか」と言う。芭蕉は「いいね、あの子は太夫の中で俳諧の上手さは一、二位を争うくらいだから、大俳句大会にはピッタリだよ。オイラも燃えてきたぞ」と拳を突き上げる。