探幽は顎髭を軽く撫でると、「ワシが聞くばかりじゃの。そろそろ三人で絵について語り合おうか」と、懐から雑に綴られた帳面を取り出す。
表紙には「探幽
一郎は「まさか、探幽先生が古今の名画を実際に見たときに、小さく写し描いた絵の記録ですか? 宗家はもちろん、お弟子でも見た人は限られるという門外不出の…」と驚く。
探幽はニヤリとして「詳しいのぉ、一郎。その通りじゃ。この部屋に掛かってる朝湖の絵だけじゃ、朝までの時間つぶしには足りないんでな」と言う。
胡蝶は「そ、そんなものを、弟子でもない私が見ても良いのでしょうか」と震える。
探幽は「なんじゃ、二人とも意外と
「もっとじゃ」と繰り返すと、三人の顔がひっつきそうになる。
探幽は気持ち少し顔を赤らめて、「胡蝶、一郎。ワシの友達になってはくれないか?」とポソリと言う。
胡蝶と一郎が「トモダチ?!」と大きな声を上げる。
探幽は「そうじゃ、南蛮語で言うところの『アミーゴ』じゃ」とやや恥ずかしそうに白髪頭をかく。
一郎が「い、意味は分かりますが」と言うと、探幽はチラッと赤い衣の少女の絵を見て、「ワシは一郎を弟子にすることは出来ん。もしも十五年前にワシの門を叩いたとしても、おそらく一郎はモノにならなかったじゃろう。やはり、多賀朝湖は弟の、狩野
「探幽先生…安信師匠」と一郎は瞳を潤ませる。感傷に浸る一郎をすぐに放って、探幽は胡蝶に顔を向ける。
「胡蝶よ、男と女の間に友情は成り立つか?」と聞く。
胡蝶は「成らないことも多いですが、珍しいというほどではありません」と答える。
探幽が続けて問う。
「では、身分の違うもの同士ではどうじゃ?武士と町民。大名と賤民」
胡蝶は「なおさら成らないことがほとんどでしょうが、
探幽はそれに満足した様子で、「年齢、性別、身分、この境界の谷ははっきりと目に見えて、そして深い。じゃがな、この谷を
探幽は言う。
「それは
胡蝶と一郎の目がこれ以上ないというほどに見開かれる。
二人の脳裏には、四年前に一郎が言った「
一郎は「ははは、そうか。四人だけでなくても良いんだ。そうだったんだ」と小さく笑う。
探幽は片手ずつ手を二人に伸ばし、「どうじゃ。ワシと友達になってくれるか」と聞く。
胡蝶は両手でその手を包もうとするがハッとして、右手だけで探幽の右手を強く握る。一郎も同じように左手で探幽の左手を握る。