クソほど目が痛い。
見なくてもわかる。きっと真っ赤に充血してる。
一晩中、返事のことを考えていた。
罠だったらどうするか。
レイラって名前のネカマだったら?
それより厄介なのが、アストラルドからの試験だった場合だ。
「ツバサが敵と通じるか、見張っておこう」
そんな腹づもりだったら最悪だ。
ペンは止まったまま、夜が明け始めていた。
「クソ……もう、どうにでもなれ!」
頭が変に冴えてくる。
眠気はとっくに通り越して、今は謎の『覚醒モード』に入っていた。
もう深く考えるのはやめて、手が動くままに書き殴った。
不器用な言葉を並べて、とにかく伝えようとした。
そして、書くには書いたが、問題はその先だ
紙を折ってみた。適当だけど折り鶴らしくはなった。
けど、机の上でピクリとも動かない。
「まあ、そりゃそうか。動く方が異常なんだよ」
肩をすくめたつもりが、急に笑いが込み上げてきた。
「アハハ……なにやってんだ、俺。誰かに届くなんて、本気で思ってたのか?」
そうつぶやき、試しに鶴の頭を軽く指ではじいた。
すると、「……うわっ、マジで!?」鶴がぎこちなく羽を広げ、ふわりと宙に浮かび上がった。
目で追いかけていると、鶴は窓にコツン、またコツンとぶつかる。
「……外に行きたいのか?」
俺は急いでドアを開けた。
鶴は部屋を何度か旋回し、それからひょいっと外へ舞い上がっていく。
あわてて、俺もデッキへ飛び出した。
朝日が、峡谷の向こうからゆっくりと昇り始めていた。
その光の中で、白い鶴はゆらゆらと空を渡っていく。
***
【ゾルティス連合・ダークヘイヴン】
レイラの足は、街外れへと向かっていた。
昨日、月折波を送った。白い鶴が空へ消えてから、ずっと返事を待っていた。
夜も眠れず、窓の外を何度も見た。
けれど、何も来なかった。
胸の奥を締めつけるような焦りが、昨夜から消えない。
それが今朝、突然だった。
朝の光の中、ふわりと舞い降りてきた――白い鳥。
手に取った月折波を開くと、真っ白だった。
文字ひとつ、見えない。
「えっ? なに? どういうこと……」
レイラは手紙を握りしめ、呟く。
やっと返事が来たと思ったのに、この白紙はなに?
苛立ちを抑え、紙を握り潰すのをなんとか止めた。
街外れの小道は静かで、朝霧が石畳に漂っている。
足音が小さく響く中、前方からゆったりと杖の音が近づいてきた。
「おや、お嬢さん。こんな朝早くにどうしたんだい? ずいぶん顔がこわばってるよ」
昨日の獣人の老婆だった。
灰色の毛並みに、くしゃっとした笑顔。
レイラは気まずそうに頭をかいた。
「おばあさん、おはよう。いや、ちょっと……」
ポケットから白紙の手紙を取り出し、ため息まじりに見せる。
「やっと返事が来たのに、こんなの。真っ白で何も見えないんだよ」
老婆は目を細め、じいっと手紙を見つめた。
「そりゃそうだよ。月の光が当たらないと文字は読めないよ。忘れたのかい?」
レイラはハッとして顔を上げた。
「そ、そうだった! 私、忘れてた!!」
悲しみがぱっと晴れる。
返事は、ちゃんと来ていた。読めないだけだったのだ。
けれど、喜びも束の間。現実が追いつく。
夜まで、待たなくちゃいけない。
何時間も、先のことだ。
「まあ、若い子は焦るもんさ。夜になれば読めるよ。気長に待ちさい」
老婆は杖を軽く振って笑い、ゆっくり歩き去った。
レイラは手を振って見送りながら、手紙をポケットに押し込む。
***
それからの時間は、ひどく長く感じられた。
ダークヘイヴンの市場の喧騒を抜け、鍛冶屋の火花をぼんやり眺めても、レイラの頭の中は白紙の手紙でいっぱいだった。
やっと返事が来たのに、読めない。
昨夜からの切実な思いが、次第に苛立ちに変わっていく。
「ったく、なんでこんな面倒なことになってんのよ……」
手紙を何度も取り出しては眺め、太陽の下でまた落胆する。
置いてはまた手に取る、そのたびに落胆する。
その繰り返し。
レイラは岩壁の塔の屋上のような場所で静かに待っていた。
夜になれば月がよく見える場所だ。
デッキでも十分だが、気持ちがそこへ導いた。
石の階段に腰を下ろし、手紙を膝に広げる。
「まだかな、夜……早く来てよ」
やがて、夕日がレイラの横顔を赤く染めていく。
静けさの中、冷たい風がそっと吹き抜ける。
ふと空を見上げると、薄い雲の向こうに月の輪郭がぼんやりと浮かんでいた。
まだ淡く、力のない影。
レイラは手紙を握りしめ、じっと見つめた。
白紙の表面に、光の揺らぎが映る。
じわりと、紙が青白く光り始める。
「来た!」
レイラは目を輝かせ、浮かび上がる文字に目を凝らした。
(第2章 第11話に続く)