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第10話 月が照らすまでは (Part 4)


 クソほど目が痛い。

 見なくてもわかる。きっと真っ赤に充血してる。


 一晩中、返事のことを考えていた。


 罠だったらどうするか。

 レイラって名前のネカマだったら?


 それより厄介なのが、アストラルドからの試験だった場合だ。


 「ツバサが敵と通じるか、見張っておこう」


 そんな腹づもりだったら最悪だ。


 ペンは止まったまま、夜が明け始めていた。


「クソ……もう、どうにでもなれ!」


 頭が変に冴えてくる。

 眠気はとっくに通り越して、今は謎の『覚醒モード』に入っていた。


 もう深く考えるのはやめて、手が動くままに書き殴った。

 不器用な言葉を並べて、とにかく伝えようとした。


 そして、書くには書いたが、問題はその先だ

 紙を折ってみた。適当だけど折り鶴らしくはなった。

 けど、机の上でピクリとも動かない。


「まあ、そりゃそうか。動く方が異常なんだよ」


 肩をすくめたつもりが、急に笑いが込み上げてきた。


「アハハ……なにやってんだ、俺。誰かに届くなんて、本気で思ってたのか?」


 そうつぶやき、試しに鶴の頭を軽く指ではじいた。


 すると、「……うわっ、マジで!?」鶴がぎこちなく羽を広げ、ふわりと宙に浮かび上がった。


 目で追いかけていると、鶴は窓にコツン、またコツンとぶつかる。


「……外に行きたいのか?」


 俺は急いでドアを開けた。


 鶴は部屋を何度か旋回し、それからひょいっと外へ舞い上がっていく。

 あわてて、俺もデッキへ飛び出した。


 朝日が、峡谷の向こうからゆっくりと昇り始めていた。

 その光の中で、白い鶴はゆらゆらと空を渡っていく。


       ***


【ゾルティス連合・ダークヘイヴン】


 レイラの足は、街外れへと向かっていた。

 昨日、月折波を送った。白い鶴が空へ消えてから、ずっと返事を待っていた。


 夜も眠れず、窓の外を何度も見た。

 けれど、何も来なかった。


 胸の奥を締めつけるような焦りが、昨夜から消えない。


 それが今朝、突然だった。


 朝の光の中、ふわりと舞い降りてきた――白い鳥。

 手に取った月折波を開くと、真っ白だった。

 文字ひとつ、見えない。


「えっ? なに? どういうこと……」


 レイラは手紙を握りしめ、呟く。

 やっと返事が来たと思ったのに、この白紙はなに?


 苛立ちを抑え、紙を握り潰すのをなんとか止めた。


 街外れの小道は静かで、朝霧が石畳に漂っている。

 足音が小さく響く中、前方からゆったりと杖の音が近づいてきた。


「おや、お嬢さん。こんな朝早くにどうしたんだい? ずいぶん顔がこわばってるよ」


 昨日の獣人の老婆だった。

 灰色の毛並みに、くしゃっとした笑顔。

 レイラは気まずそうに頭をかいた。


「おばあさん、おはよう。いや、ちょっと……」


 ポケットから白紙の手紙を取り出し、ため息まじりに見せる。


「やっと返事が来たのに、こんなの。真っ白で何も見えないんだよ」


 老婆は目を細め、じいっと手紙を見つめた。


「そりゃそうだよ。月の光が当たらないと文字は読めないよ。忘れたのかい?」


 レイラはハッとして顔を上げた。


「そ、そうだった! 私、忘れてた!!」


 悲しみがぱっと晴れる。

 返事は、ちゃんと来ていた。読めないだけだったのだ。


 けれど、喜びも束の間。現実が追いつく。

 夜まで、待たなくちゃいけない。


 何時間も、先のことだ。


「まあ、若い子は焦るもんさ。夜になれば読めるよ。気長に待ちさい」


 老婆は杖を軽く振って笑い、ゆっくり歩き去った。


 レイラは手を振って見送りながら、手紙をポケットに押し込む。


     ***


 それからの時間は、ひどく長く感じられた。


 ダークヘイヴンの市場の喧騒を抜け、鍛冶屋の火花をぼんやり眺めても、レイラの頭の中は白紙の手紙でいっぱいだった。


 やっと返事が来たのに、読めない。

 昨夜からの切実な思いが、次第に苛立ちに変わっていく。


「ったく、なんでこんな面倒なことになってんのよ……」


 手紙を何度も取り出しては眺め、太陽の下でまた落胆する。


 置いてはまた手に取る、そのたびに落胆する。

 その繰り返し。


 レイラは岩壁の塔の屋上のような場所で静かに待っていた。

 夜になれば月がよく見える場所だ。


 デッキでも十分だが、気持ちがそこへ導いた。


 石の階段に腰を下ろし、手紙を膝に広げる。


「まだかな、夜……早く来てよ」


 やがて、夕日がレイラの横顔を赤く染めていく。

 静けさの中、冷たい風がそっと吹き抜ける。


 ふと空を見上げると、薄い雲の向こうに月の輪郭がぼんやりと浮かんでいた。

 まだ淡く、力のない影。


 レイラは手紙を握りしめ、じっと見つめた。


 白紙の表面に、光の揺らぎが映る。

 じわりと、紙が青白く光り始める。


「来た!」


 レイラは目を輝かせ、浮かび上がる文字に目を凝らした。


(第2章 第11話に続く)


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