さっきから何度もため息が漏れる。
徹夜明けで、眠たいはずなのに、眠れない。
「届いたかな? 日本語だけど大丈夫だよね? 気づくよね、日本語変換……」
何度かあくびを重ねているうちに限界が来て、俺はタブレットで索敵モードをチェックし、ベッドに潜り込んだ。
***
【ゾルティス連合、岩壁の塔】
淡く光る紙に、文字が浮き上がる。
「君が誰なのか、何もわかってない。
信じる理由も、まだない。
でも、嘘じゃないなら、
少しくらい話をしてみてもいいと思った。
ツバサより」
レイラは、長いため息をついた。
「英語じゃない……これ、日本語? うそ、読めない……」
あれだけ待っていたのに、やっと届いたのに、内容が分からないなんて、ひどい。
手にした白い紙が月光を浴びて、鮮やかに光る。
くっきりと浮かぶ文字。
「誰か読める人に……いや、ダメ。敵と連絡を取ってるなんて、絶対に知られちゃいけない」
レイラは手紙をじっと見つめた。
白い紙の上に浮かぶ、見慣れない文字の列。
丸っこいもの、角ばったもの、線が重なった記号のような何か。
「うーん……これが名前? それとも、あいさつ?」
眉をひそめて、何度もなぞるように目で追う。
読むことはできない。でも、何かを感じようとしていた。
一文字でもいい。意味がわかれば、心が近づける気がする。
けれど、わかるのはまったく別の世界に住んでいるという現実だけだった。
「たとえ読めなくても……嬉しかったよ」
指先で文字をなぞったそのとき、紙の端がかすかに光っていることに気づく。
「え……?」
そっと触れると、その光がふわりと広がった。
浮かび上がっていた文字が、少しずつ形を変えていく。
「うそ……変換された……!?」
思いがけない変化に、レイラは目を見開いた。
目の前にあるのは、今度こそ読める言葉。
それは短くても、たしかに心に届く返事だった。
「よかった……ツバサ。ありがとう」
***
【アストラルド、監視塔】
気づけば、もう夕方だった。
昼夜逆転ってやつだ。
ゲームで徹夜なんて何百回もやってきたけど、まさか手紙でこうなるとは思わなかった。
ふらつく頭をなんとか持ち上げて、デッキに出る。
夕焼けに染まる峡谷は、真っ赤で、目がチカチカするほど鮮やかだった。
現実と幻が重なり合うような、手の届かない感覚が目の前に広がっていた。
「ハァーァ。届いたかなぁ」
あくびと伸びを同時にしながら、ぽつりと呟く。
「まさか、異世界に来て文通するなんて……地球でもしたことないのに」
そして、ふと頭に浮かんだタイトル。
「『異世界で、文通はじめました!』 って、どう?」
文通相手は敵の美少女! そして禁断の恋!
わりとイケてない? やっぱ俺IKETERUUだな。
そんなくだらない妄想をしていた、そのときだった。
塔の左右にあるCIWS(自動迎撃装置)が、警告もなく火を噴いた。
「えっ――」
ブゥワアアアアアアアッ!!!
間近で聞く砲撃は凄まじかった。
砲身が唸りを上げ、空気を裂くような轟音が峡谷にこだました。
連射された光の矢が空気を巻き込み、肌にまで振動が伝わってくる。
耳を突き刺すような音だった。
肺の奥にまで響く低音。
遠くで黒い霧が膨れ上がり、生きているかのようにうねりながら迫ってきた。
頭にノイズが走る。
「裏切れ……信じるな……」
(第2章 第12話に続く)