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第11話 月が照らすまでは (Part 5)


 さっきから何度もため息が漏れる。

 徹夜明けで、眠たいはずなのに、眠れない。


「届いたかな? 日本語だけど大丈夫だよね? 気づくよね、日本語変換……」


 何度かあくびを重ねているうちに限界が来て、俺はタブレットで索敵モードをチェックし、ベッドに潜り込んだ。


       ***


【ゾルティス連合、岩壁の塔】


 淡く光る紙に、文字が浮き上がる。



 「君が誰なのか、何もわかってない。

  信じる理由も、まだない。


  でも、嘘じゃないなら、

  少しくらい話をしてみてもいいと思った。


                ツバサより」



 レイラは、長いため息をついた。


「英語じゃない……これ、日本語? うそ、読めない……」


 あれだけ待っていたのに、やっと届いたのに、内容が分からないなんて、ひどい。


 手にした白い紙が月光を浴びて、鮮やかに光る。

 くっきりと浮かぶ文字。


「誰か読める人に……いや、ダメ。敵と連絡を取ってるなんて、絶対に知られちゃいけない」


 レイラは手紙をじっと見つめた。

 白い紙の上に浮かぶ、見慣れない文字の列。

 丸っこいもの、角ばったもの、線が重なった記号のような何か。


「うーん……これが名前? それとも、あいさつ?」


 眉をひそめて、何度もなぞるように目で追う。

 読むことはできない。でも、何かを感じようとしていた。


 一文字でもいい。意味がわかれば、心が近づける気がする。

 けれど、わかるのはまったく別の世界に住んでいるという現実だけだった。


「たとえ読めなくても……嬉しかったよ」


 指先で文字をなぞったそのとき、紙の端がかすかに光っていることに気づく。


「え……?」


 そっと触れると、その光がふわりと広がった。

 浮かび上がっていた文字が、少しずつ形を変えていく。


「うそ……変換された……!?」


 思いがけない変化に、レイラは目を見開いた。

 目の前にあるのは、今度こそ読める言葉。


 それは短くても、たしかに心に届く返事だった。


「よかった……ツバサ。ありがとう」


       ***


【アストラルド、監視塔】 


 気づけば、もう夕方だった。


 昼夜逆転ってやつだ。

 ゲームで徹夜なんて何百回もやってきたけど、まさか手紙でこうなるとは思わなかった。


 ふらつく頭をなんとか持ち上げて、デッキに出る。


 夕焼けに染まる峡谷は、真っ赤で、目がチカチカするほど鮮やかだった。

 現実と幻が重なり合うような、手の届かない感覚が目の前に広がっていた。


「ハァーァ。届いたかなぁ」


 あくびと伸びを同時にしながら、ぽつりと呟く。


「まさか、異世界に来て文通するなんて……地球でもしたことないのに」


 そして、ふと頭に浮かんだタイトル。


「『異世界で、文通はじめました!』 って、どう?」


 文通相手は敵の美少女! そして禁断の恋!

 わりとイケてない? やっぱ俺IKETERUUだな。


 そんなくだらない妄想をしていた、そのときだった。


 塔の左右にあるCIWS(自動迎撃装置)が、警告もなく火を噴いた。


「えっ――」


 ブゥワアアアアアアアッ!!!


 間近で聞く砲撃は凄まじかった。


 砲身が唸りを上げ、空気を裂くような轟音が峡谷にこだました。

 連射された光の矢が空気を巻き込み、肌にまで振動が伝わってくる。

 耳を突き刺すような音だった。

 肺の奥にまで響く低音。


 遠くで黒い霧が膨れ上がり、生きているかのようにうねりながら迫ってきた。


 頭にノイズが走る。


「裏切れ……信じるな……」



(第2章 第12話に続く)


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