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第13話 不穏な気配 (Part 2)


「レイラ、見ろ。奴らは唯一の中立地帯である渓谷を焼き払った。どれだけ野蛮な行為か、わかっただろう?」


 黒いローブの指導者――カルヴァスが、背後から静かに言った。


 塔のデッキから見える光景は、まさに煉獄。赤い炎が渓谷をなめ尽くし、黒煙が空を裂いていた。


「……それは」


 レイラは言葉に詰まり、拳を握る。今回ばかりは言い訳のしようもない。


 もしこの火が街に届けば、獣人も、エルフも、人間も、みんな死ぬ。


 それだけは絶対に、させない。


「わかったなら、気を緩めるな。対岸のアストラルド帝国は敵。それを忘れるな」


 レイラは小さく頷いた。


 満足したのか、カルヴァスは静かに出ていった。


 燃える峡谷。

 月明かりさえも、飲み込もうとしていた。


       ***


【アストラルド、監視塔】 


 深夜、また目が覚めた。


 窓が少し開いていたせいか、峡谷から冷たい風が入り込んでくる。

 肌にじわっと冷たさが染みた。


 ふらりと立ち上がり、そのままデッキへ出る。


 火はもう消えていた。

 渓谷は月明かりに照らされて、淡く光っていた。


 戦争という実感が今になって込み上げてきて、目が潤む。

 指先ひとつで、兵器が動き、敵を撃つ。


 今回は魔法を攻撃しただけだったけど、これが人だったら……俺は今日みたいに撃てるのか?」


 対岸のレイラ。


 彼女はどう思っているのだろう。

 それとも、戦うことは当たり前と感じているのか。

 俺はまた、騙されているのか。


「わからない。なにもかも……」


 誰にも何も話せないなんて、こんなに辛いとは思わなかった。

 家にいるときは、少なくとも親には言えた。馬鹿にされても、呆れられても、話し相手がいた。


「クソ……俺ってこんなに弱かったのかよ」


 頰に涙がつたい、ぽたりと落ちた。


「……情けねえな」


 誰も答えない。

 渓谷の風だけが時おり音を立てて舞い上がる。それが、唯一の返事みたいだった。


       ***


 翌朝。


 デッキに出ると、折り鶴が落ちていた。

 レイラからの手紙。


 膝をつき、伸ばす手が一瞬、躊躇う。騙され続けた過去が、俺の腕を止める。


「朝からガチ重だな……」


 きつく握られた手を、ゆっくり開いて拾い上げた。


 俺宛なのだろう。折り鶴は勝手に展開し、白紙の紙が現れた。

 月光を浴びて浮かび上がる文字に、朝日は無意味だった。


「夜まで待てってか。クソ……イライラするな、この手紙」


 握りつぶそうとして、やめた。


「なんだよ……俺って意気地なしかよ」


 なかったことにしたいはずなのに、未練が邪魔する。


 舌打ちをして、部屋に戻った。


 今日は一日、資料室に籠ろう。

 なにか珍しいものが見つかるかもしれない。


 机に白い紙を置いて、部屋を後にした。

 正面から向き合えない、いつもの弱い自分に唾を吐きたくなった。



(第2章 第14話に続く)


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