再び部屋にこもる生活に戻った。いや、元通りになっただけか。
俺は資料室にこもって、ひたすら文献やら装置を漁っていた。
そこでひとつ、意外な事実に気づく。
俺はずっと、召喚されるのは学者や超一流の技術者ばかりで、異世界で英知を尽くしているのだと思っていた。
たしかにすごい人もいただろうけど、それはあくまで一握り。
実際はもっとバラバラだったのかもしれない。
「……これ、ヤベえな」
手にしていたのは、《魔法変換装置》と呼ばれる謎の機械。
幸い、これを作ったのは日本人らしく、日本語で書かれた使い方マニュアルが残されていた。
「これさえあれば、なんでも作れるじゃん!」
少し興奮した俺は、あれこれいじくり回してみた。
この装置の仕組みは単純。魔石を動力にして、連動したタブレットのデータを装置に転送すると、物質化してくれるらしい。
つまり、異世界版の3Dプリンターってことだ。
「よし。まずはアレだ。最初に作るならアレしかない!」
俺はタブレットにデータを入力して、転送する。
魔法変換装置は、低い音を立てて、光り輝く。
そして、ものの数分でそれは完成した。
装置から手に取ると、ずっしりして重い。
まさしく、俺が描いた理想のモノが完成していた。
「マジか……これで俺IKETERUU卒業して、俺TUEEEにクラスチェンジじゃね?」
俺の目は爛々と輝いていた。
***
【アストラルド帝国内、指揮官室】
沈黙が数秒続いたあと、女性魔導士の淡々した冷たい声が室内を切り裂く。
「それで、上手くいくのか?」
感情の欠片もない声が、空気を凍らせた。
「はい、間違いなく」
魔導士は肩にかかった白銀の髪を手で払い、胸元に刻まれた星刻の紋が、淡く光を帯びた。
それだけで、彼女が帝国の上位の存在であることを物語っていた。
執務机の前で片膝を付く兵士は、星刻の紋を見た途端、頭を下げた。
帝国の象徴であり、権力と叡智の結晶。それは、この国の軍を統べる者の証だった。
「実行しろ。リリアナ様には、悟られるな。失敗は許さん」
魔導士の声は鋭く、部屋に響いた。
兵士は一瞬身を震わせ、すぐに立ち上がると、敬礼して部屋を後にした。
彼女は窓の外に目をやる。
雲ひとつない空をながめ、はじめて笑みを浮かべた。
その微笑は、空の向こうにだけ向けられたものだった。
***
【ゾルティス連合、協議会委員長室】
王の接見の間と見まごうような豪華絢爛な大広間。
その上座に鎮座する、レイドック協議会委員長。
従えるは、ゾルティス連合の司令塔。魔導師――ヴェルザンディ。
不敵な笑みを浮かべ、その目は猛禽類のように鋭い。
漆黒のローブには、ゾルディスの象徴、三つ子の蛇が描かれている。
「それで、上手くいくのか?」
レイドックは、五十過ぎとは思えない低くしわがれた声で問う。
「もちろん。委員長のご期待に添えるかと思います」
ヴェルザンディの口角が上がる。冷徹な笑みとはまた違う、邪悪な笑みだった。
「よし、わかった。上手くやれ。連携後は、分かっているな?」
「はい。すべて殲滅いたします」
それを聞いたレイドックは満足げにうなずき、大広間全体に響き渡るような笑い声を上げた。
「これで、ルクセリオンは我がものになる!」
「はい、そのように」
ヴェルザンディは、笑い声を上げるレイドックを見上げ、刹那、目を細めた。
その目の奥に光ったのは、忠誠か裏切りか。
誰にも分からなかった。
(第2章 第15話に続く)