資料室から出た俺は、すぐにデッキへ向かった。
魔法変換装置で作成した、記念すべき第一号は、「名付けて――魔導アーム!」。
渓谷に向かって叫んだ声は、風にかき消され、何事もなかったかのように静寂だけが戻ってくる。
「……まあいい。名前より性能だ」
魔導アームは、両腕に装着するタイプの装置。
肘下ほどの長さで、装着すると両手が完全に塞がるのが難点だ。
「この欠点は後で改良するとして……今は飛べるかどうかだな」
空を飛ぶ。それは、ずっと憧れていた魔法の一つ。
今、俺はその夢を現実にしようとしていた。
「よし、点火!」
アーム内のボタンを押す。決して音声認識ではない。声がけは、あくまで雰囲気作りだ。
シューッという霧吹きのような音とともに、内部のレバーを握ると、徐々に音が大きくなっていく。
腕の推進力だけでは浮かないはずが、重力制御機能が作動して、全身がゆっくりと浮かび始めた。
「おおっ、浮いた……!」
高さが手すりを越え、前方へ。
その瞬間、
「うわあああああっ!」
下へ急降下。
慣性と重力の影響で、推進力が下に働かなくなったのだ。
俺は慌ててレバーを握りしめる。
轟音とともに、魔導アームが再び反応し、地面まであと1メートルというところでピタリと停止。
「や、やばかった……。もう少しで異世界クラッシュするところだった……」
そっと地面に降り立つと、戻る際は大人しく昇降機を使った。
さて、次の課題は「両手が塞がること」だ。
理想は、手のひらサイズの装置。アイなんとかマンのリパルサーみたいに。
課題は山積み。
でも、こうして夢中になっていれば、ほんの少し、すべてを忘れられた。
没頭していたせいで、部屋に戻った頃には外はすっかり暗くなっていた。
炊事場にあるフードプリンター。
今は、俺が「魔法レンジ」と呼んでいる装置だ。
レシピ一覧から食事を選び、タッチパネルで入力する。
数分後、今日の夕食が出来上がった。
選んだのは、カルボナーラ(イタリア)
チーズと卵のとろけるソースがパスタを優しく包み、ベーコンの塩気と黒胡椒の香りが、がっつりと食欲を刺激してくる。
ささっと食べて、また資料室に戻るつもりだったから、今日は時短メニューにした。
食器を片付けようとしたときだった。
窓を叩く、かすかな音が聞こえた。
白い鳥。
今朝、デッキに落ちていた、あの折り鶴だ。
炊事場に食器を戻し、窓を開ける。
ぎこちない羽ばたきで、鳥は俺の目の前に飛んできた。
手のひらを差し出すと、静かに舞い降りる。
「……二通目か」
現実に引き戻されるような気がして、すぐには読む気になれなかった。
今は、また資料室に戻って、好きなことに没頭したい。
「でも……まあ。読むだけなら」
小さく、言い訳のような独り言がこぼれた。
鶴を机にそっと置き、代わりに今朝の紙を手に取る。
窓から差し込む月明かり。
淡く光る紙。
浮かび上がる文字に、俺はゆっくりと目を走らせた。
(第2章 第16話に続く)