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第15話 不穏な気配 (Part 4)


 資料室から出た俺は、すぐにデッキへ向かった。


 魔法変換装置で作成した、記念すべき第一号は、「名付けて――魔導アーム!」。


 渓谷に向かって叫んだ声は、風にかき消され、何事もなかったかのように静寂だけが戻ってくる。


「……まあいい。名前より性能だ」


 魔導アームは、両腕に装着するタイプの装置。

 肘下ほどの長さで、装着すると両手が完全に塞がるのが難点だ。


「この欠点は後で改良するとして……今は飛べるかどうかだな」


 空を飛ぶ。それは、ずっと憧れていた魔法の一つ。

 今、俺はその夢を現実にしようとしていた。


「よし、点火!」


 アーム内のボタンを押す。決して音声認識ではない。声がけは、あくまで雰囲気作りだ。


 シューッという霧吹きのような音とともに、内部のレバーを握ると、徐々に音が大きくなっていく。


 腕の推進力だけでは浮かないはずが、重力制御機能が作動して、全身がゆっくりと浮かび始めた。


「おおっ、浮いた……!」


 高さが手すりを越え、前方へ。


 その瞬間、


「うわあああああっ!」


 下へ急降下。

 慣性と重力の影響で、推進力が下に働かなくなったのだ。


 俺は慌ててレバーを握りしめる。

 轟音とともに、魔導アームが再び反応し、地面まであと1メートルというところでピタリと停止。


「や、やばかった……。もう少しで異世界クラッシュするところだった……」


 そっと地面に降り立つと、戻る際は大人しく昇降機を使った。


 さて、次の課題は「両手が塞がること」だ。

 理想は、手のひらサイズの装置。アイなんとかマンのリパルサーみたいに。


 課題は山積み。

 でも、こうして夢中になっていれば、ほんの少し、すべてを忘れられた。



 没頭していたせいで、部屋に戻った頃には外はすっかり暗くなっていた。


 炊事場にあるフードプリンター。

 今は、俺が「魔法レンジ」と呼んでいる装置だ。


 レシピ一覧から食事を選び、タッチパネルで入力する。

 数分後、今日の夕食が出来上がった。


 選んだのは、カルボナーラ(イタリア)


 チーズと卵のとろけるソースがパスタを優しく包み、ベーコンの塩気と黒胡椒の香りが、がっつりと食欲を刺激してくる。


 ささっと食べて、また資料室に戻るつもりだったから、今日は時短メニューにした。


 食器を片付けようとしたときだった。

 窓を叩く、かすかな音が聞こえた。


 白い鳥。


 今朝、デッキに落ちていた、あの折り鶴だ。


 炊事場に食器を戻し、窓を開ける。

 ぎこちない羽ばたきで、鳥は俺の目の前に飛んできた。


 手のひらを差し出すと、静かに舞い降りる。


「……二通目か」


 現実に引き戻されるような気がして、すぐには読む気になれなかった。

 今は、また資料室に戻って、好きなことに没頭したい。


「でも……まあ。読むだけなら」


 小さく、言い訳のような独り言がこぼれた。


 鶴を机にそっと置き、代わりに今朝の紙を手に取る。

 窓から差し込む月明かり。


 淡く光る紙。


 浮かび上がる文字に、俺はゆっくりと目を走らせた。



(第2章 第16話に続く)


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