淡く光る白い紙に、文字が浮かぶ。
「あなたが返事をくれるなんて、思っていなかった。
それだけで、胸がぎゅっとなった。
名前がわかっただけで、ちょっと近づけた気がして。
本当に、ありがとう。ツバサ。
私のことも、少しずつ伝えたい。
でも……どうしても言えないこともあるの。今はまだ。
それでも、ここで話せることが、今の私の救いです。
次の夜も、空を見ていてね。
――レイラ」
深いため息がこぼれた。
黒の霧が襲ってくる先日の手紙。
俺は次の手紙を開く前に、もう一度深く息を吐いた。
「……読んだら、戻れなくなりそうだな」
誰に言うでもない独り言がこぼれる。
話す気なんてなかった。知るつもりもなかった。
けど、気がつけば、今日の出来事よりも、手紙の中身のほうが気になって仕方なかった。
机の端に横たわる、レイラからの三通目の折り鶴。
視界の端で月光が反射してきらりと光る。
「くそ……」
椅子を引き、静かに腰を下ろす。
読まない選択肢なんて、とっくになかった。
「さっき、渓谷が赤く染まるのを見ました。
あなたが無事であることを、ただそれだけを祈っていました。
でも、祈ることしかできない自分が、悔しくて仕方なかった。
ツバサ。
あなたが何を見て、何を感じているのか――
少しでも、知りたいと思ってしまった。
これって、わがままかな。
もうすぐ月が欠け、新月です。
月折波は、月の明かりがないと読めません。
次の満月の夜、もっとちゃんと話ができますように。
――レイラ」
手にした白い紙が月光を受けて、淡くきらめく。
そこへ、窓からの風がふわりと吹き込んだ。
もう一通の手紙が、宙を舞う。
まるで「返事を」とせがむように、部屋の中をさまよい、やがて静かに床へと落ちた。
「……なんだよ」
思わず漏れた声は、かすかに震えていた。
どうしようもない感情が胸を締めつける。
呼吸が浅くなり、心がざわつくのがわかる。
「……なんだよ……」
次の言葉は喉の奥に詰まり、出てきたのは、愚痴とも嘆きともつかない声。
席を蹴るように立ち上がり、炊事場へ向かう。
流し台の蛇口をひねると、勢いよく水が噴き出した。
俺は、そのまま頭を突っ込むようにして冷水にさらす。
「……クソ、クソ、クソ! レイラ……俺に、どうしろって言うんだよ!」
水音が、声を打ち消す。
いつの間にかこぼれていた涙も、冷たい水とともに頬を伝い、床を濡らしていった。
(第2章 第17話に続く)