目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第18話:言葉の届く距離 (Part 3-1)ーツバサ視点ー


 塔に戻ると、昨夜出しっぱなしにした机に、思わず突っ伏した。

 胃の奥にまだ残る酸味と、喉の痛み。あの焼けた臭いが、鼻の奥から消えない。


 そこに扉がノックされ、兵士が入ってきた。


「失礼します。CIWSと、今回新たに設置した迎撃装置の仕様書です。タブレットに記録をお願いします。我々では操作できませんので」


 手渡されたファイルの束が、机に無造作に置かれた。無機質な文字の羅列が、今の自分にはまるで呪文に見える。


「……わかった。あとでやる」


 思わず、そう返した声はくぐもっていた。兵士は俺の顔を見て、すぐに目をそらす。


「……きついですよね、あれは」


 兵士がぼそりと漏らす。


「正直、俺たちも見たくはなかったです。でも……」


 唾を飲み込む音がする。


「でも、そうならないために戦うしかないんです。……あれが明日の自分たちかもしれないから」


 言葉が、重く胸に沈んだ。


「……アストラルドの民が、あんなふうになるのを、俺たちは絶対に許せない」


 彼の声は、震えていた。怒りか、恐怖か。たぶん、両方だろう。


「……」


 俺は何も言えなかった。ただ、握りしめた拳が、机の上でわずかに震えた。

 兵士はそれ以上何も言わず、静かに部屋を出ていった。


 静寂が戻る。


 風が吹き抜け、紙の揺れる気配が舞い込んできた。

 思わず顔を上げるも、それは錯覚で、兵士が置いていったファイルの束が風に揺れているだけだった。


「レイラ……君ならどうした?」


 ふと、感じた。

 昨夜ここでレイラに書いた手紙。

 今なら違うことを、もっと優しくなれたかもしれない。


 後悔と悔しさが込み上げる。


 戻れるなら今すぐ戻りたい。

 そんな身勝手なことを思う自分が、昨夜のことを思い出していた。


       ***


 深夜。

 俺は机をデッキまで運び、月明かりの下で手紙を書いた。


 二通書いた。


 一つ目はすぐに書けた。迷いもなかった。

 折りたたんだ紙が鶴になり、月光を受けながら、頼りなく空へと舞い上がっていく。

 やがて闇に紛れ、見えなくなった。


 それから、二通目。――本音の手紙を書く。



 「レイラ。

  黒の霧は、君が操っているのか?


  俺たち召喚者は、魔法が使えないはずだよな?


  でも、あれが来ると、俺は狂わされる。

  あれは、敵なんだ。


  君が味方だって証拠は、どこにもない。

  この文通だって、俺を罠にかける手段かもしれない。


  それでも、信じたい。


  俺だって、本当は信じたい。


  でも、今は……無理だ。


                           ツバサ」



 ほとんど殴り書きだった。

 取り繕う余裕なんてない。

 素直に、ありのままを書いた。


 文通なんてしたことがない俺には、これが精いっぱいだった。


 手紙をそっと折ると、また一羽の白い折り鶴になる。

 静かに羽ばたき、夜の空へ消えていった。


 これを読んで、レイラはどう思うだろう。

 もう、返事は来ないかもしれない。


 それでも、いいと思った。


「……なんだよ、俺って、自分勝手だな……」


 相手の気持ちを考えるより、自分の防衛ばかり。

 疑って、傷つかないようにして、それで安心したつもりになっている。


「最低だな、俺……」


 椅子にもたれて、夜空を見上げる。

 満天の星に、寄り添うように浮かぶ二つの月。


「……当てつけかよ」


 冗談混じりに吐き出した声に、誰も答えない。

 わかってる。

 本当は、自分だって、誰かと寄り添いたいだけなんだ。


 でも、簡単には変われない。


 ふらりと立ち上がり、ベッドへ向かう。

 もぐり込む姿は、まるで拗ねた子どものようだった。



(第2章 第19話に続く)


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?