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第4話

 結局、村長は渋ってはいたが、少女が押し切った形になった。曰く、例え生贄だからといって神事の前にぞんざいに扱うのは如何なものか。神様がそれで気持ちを落ち着かせるものだと思いますか? ――などと捲し立て、あれよあれよと『守り役』と呼ばれる少女の預りになったのは驚きだった。監視は付けさせてもらう、と捨て台詞のようにいい、男たちを引き連れて村長たちは去っていった。どうやら、僕の身柄は少女の掌の上らしい。

(……この少女は余程信用されているのだろうか)


 宿に戻る直前、少女の後ろに影のように控えている男がいることに気がついた。壮年で背が高く、シャツにズボンという普通の服装なのに身が引き締まっているのがわかった。少女の父親という感じでもなく、どちらかといえば怜悧な家令のような雰囲気で、僕は見えてなかったが、それとなく少女の後ろからにらみを利かせていたのかもしれない。

 少女が僕を促して宿にもどると、彼女はその男に何事かを囁いた。男は頷き、成り行きを見守っていたふうの宿の主人とともに、一階の奥に向かった。少女は二階に向かうので、少し躊躇しながらも付いていく。

「いったん荷物を持ってこちらの部屋に来てください」

 そう言い残して廊下を挟んだ斜めの部屋のドアに入った。


 僕は慌てて部屋に戻ると、少ない荷物を抱えて少女の入ったドアの前に立つ。二階の各部屋の中でここだけ少し設えが違う。僕は緊張しながらドアを叩いた。

「どうぞ」

 中から声が聞こえてきた。息を吸い、慎重にドアを開ける。

 狭い前室があり、閉じた襖があった。襖を開くと床の間と広縁付きの主室、片方の壁がまた襖になっていて、そちらが寝室だろう。中央に広めの座卓があり、少女はそこに座っていた。入り口で立ち竦んでいる僕に、向かい側の座布団を示す。

「ど、どうも」

 特に威圧感があるわけではないが、少女の佇まいは何故か緊張をもたらす。荷物を脇に置いて座布団に座った僕は、身の置き所がなくて座卓の上の見ていた。すると、部屋のドアがまた叩かれ、先ほどの影のような男も入ってきた。手に持ったお盆を座卓に置き、少女と僕の前にお茶を置くと少女の脇に座った。


「改めまして、先ほどは失礼いたしました。私は舘 梅たち うめと申します。こちらは番頭のたきです。私のことは梅、と呼んでください。こちらは番頭、で構いません」

 そう言って少女――梅さんは頭を下げた。番頭? と思ったがそこは頷き、僕も頭を下げた。

「藤木六朗です。あの、先ほどはありがとうございました」

 名乗って顔を上げ、初めて少女の顔を正面から見る。部屋の明かりの中で見ると普通の綺麗なお嬢さんだった。先ほどのような、神々しいまでの光は感じない。――暗い中で突然のことだったからそう感じたのだろうか。綺麗な造作であることは変わらないのだけれど。

「私は今回の祭に、訳あって父を通じて監視――守り役として依頼され、来ています。そのため、このような対応になりましたが、改めて、何が起こったのか教えていただけますか。どうして部外者の藤木さんが、この村に来ることになったのかを」

 静かに促された僕は、ようやく落ち着いた心持ちになる。大きく息を吸い、吐いた。


 そしてここに来るまでのこと、――母親の従兄弟から急に大金が送られ、依頼された奇妙なお願い、不審に思いながらも断り切れず村に来たこと、水神社での参拝、そこで起こった冗談のような水筒が落下した事件などをかいつまんで話した。

 梅さんは合いの手を最小限に入れ、目の前のお茶を飲みながら聞いていた。そして、話し終えた僕にもお茶を勧めてくれた。ありがたく湯飲みに手を伸ばす。若干冷めていたが、僕が普段飲むものよりも上等な茶の味がした。

「――いくつか、質問してもいいでしょうか?」

 落ち着いた声音で訊く梅さんに、僕は頷いた。

「北澤さんから『水神社に酒を奉納してほしい』と言われたということですが、それが自分の息子の代わりに行う“神事”だとおっしゃったんですね?」

「はい……。そのように、お金と共に送られてきた手紙に書かれていました。母には直接電話もあったそうですが」

 梅さんは何事か考えるような表情になる。

「北澤さんは今回の神事から逃れたくて藤木さんに代理を依頼した。それは自分たちが逃げるためにあなたに犠牲になってもらったように思えます。……にもかかわらず、藤木さんを守るようなことをしてますね……」


「僕を守る?」

 驚いて僕は声を上げた。先ほどまで起こった出来事を考えると、とてもそうは思えなかったからだ。

「ええ。藤木さんは散々な目にあったと思っていらっしゃるでしょうけれど。それと……」

 ふいに顔を上げた梅さんは、ゆっくりと瞬きし、僕の姿を見た。目の前の僕にじっくり照準を合わせているような、不思議な目付きだった。――なぜか僕の皮膚は、ピリピリとした静電気のようなものを感じる。

「――藤木さんは何か信仰していらっしゃいますか?」

 一瞬、問われた意味がわからず、目が点になってしまった。シンコウ? あ、信仰か。

「……いえ、特に信心深いほうではないので。お守りとかも持ってませんし。まあ、実家では折々に神社や寺に行くことはありましたが……。それが何か?」

「そうですか。うーーん、何でだろう……」

 梅さんは相変わらず、ような表情をしている。何だか居心地が悪いというか、相変わらず皮膚がピリピリするというか、背中がぞわぞわするような変な感じがして、僕は身じろぎした。

 すると、黙って気配を消していた男――番頭の瀧さんが、小さく咳払いをする。それが合図だったかのように、パチパチッと瞬きした梅さんは、我に返ったようになった。

「すみません、不躾でしたね」

 何を以って不躾だったのかよくわからないが、謝られた。僕は意味もわからないまま、はあ、と間抜けな声を上げる。

 梅さんは居ずまいを正し、背筋を伸ばしてこう言った。

「色々調べる必要がありますね。まずは明日、件の水神社と祠に行ってみましょう」



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