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第5話

 翌朝。梅さんと番頭さんと僕は、宿で昼食におにぎりを持たせてもらい、村の散策と称し、水神社に行くことになった。

 昨晩は話し合いのあと、梅さんが取っていた部屋は番頭さんと僕が就寝し、梅さんが僕の部屋で休むことになった。僕はかなり抵抗したけれど、便宜上監視役として番頭さんと一緒にいる必要があり、しかも同じ部屋で梅さんが寝るのは色々と障りがあるため(当たり前だ)、そのような提案を受けざるを得なかった。そして部屋の構造上、主寝室は窓以外出られないため、僕がそこに寝ることになったのは、仕方ないとはいえ何というか申し訳なく居たたまれない気分だった。

 寝付けないと思っていたのだが、早朝に東京を出て、ものすごく色々なことがあった一日だったためか、あっという間に気絶するように寝てしまった。我ながらあまりに図太くて呆れてしまう。


 僕たちはまず、水神社に向かうということで宿を出た。すると、すぐ目の前の道路で若い男女が話している。何か言い合いのような雰囲気だった。どうしようかと梅さんを伺うと、彼女は訝しげに二人を見て立ち止まった。

 その時、こちらに顔を向けていた女性が僕たちに気がつき声をかけてきた。

「あ! おはようございます! 昨晩は村の者がすみませんでした」

「……お、おはようございます」

 はきはきとした声で挨拶をされ、思わず僕も挨拶を返した。こういうところがお人よしなんだろうな、と思いつつ。すると彼女は梅さんにも顔を向ける。

「そちらは守り役の方々ですよね? おはようございます」

 おはようございます、と梅さんと番頭さんも軽く頭を下げた。

「申し遅れました。私は山内に住む田中雪たなかゆきといいます。雪、と呼んでくださって構いません。こっちは田口の黒河内拓三くろこうちたくぞうです。もしお出掛けされるんでしたら、この拓三が皆さんをご案内します」

 雪、と名乗った彼女は、ストレートの髪を肩の上で切り揃えていて、くるくると表情がよく動き明るくはつらつとしている。対して、拓三と呼ばれた青年は苦虫を嚙み潰したような表情になっている。細身で背が高く素朴な雰囲気だ。黒河内、というからには、村長の血縁だろうか。二人とも梅さんと僕の間くらいの年齢に見えた。

「案内……というのは」

 思わず訊くと、雪さんは肩をすくめて申し訳なさそうな表情になった。

「すみません。……藤木さんには一応監視役を付けなければという話になっていて。私と拓三が立候補したんです。でも、私は三日後の祭で役目があるのでこれから潔斎が必要だって……。そのため、拓三のみが一緒に行動させていただきたいのです」

 やはり、一夜明けても僕の扱いはあくまで“生贄”であるらしい。


「藤木さんは、私が身柄を預かっていますが」

 梅さんは静かに言った。

「存じております。もちろん宿内には参りません。ただ、村内を歩かれるのであれば、案内役は必要かと思います。鬱陶しいかとは思いますが、足として使っていただいて構いませんので」

 頭を下げつつ、畳みかけるように話す。拓三さんはますます渋面だったが、口は挟まなかった。梅さんは目を伏せ考えている様子だ。後ろの番頭さんは相変わらず気配を消している。つと顔を上げた梅さんは、僕を見た。

「藤木さんはそれでもいいですか?」

 一応、僕の回答も聞いてくれたのは嬉しかった。苦笑いしつつ頷く。

「はい。……監視より案内役と言ってくれていますし」

「……わかりました。拓三さんにはご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」

 梅さんが了承すると、拓三さんは眉を顰めたままだったが、頷いた。

「――まずは、どこに行くんだ」

 ぼそぼそとぶっきらぼうに声を発した。


 水神社とその周辺の案内を依頼する。『水神社』と言うと一瞬躊躇したようだったが、存外素直に歩き出した。昨日僕が宿に向かって歩いてきた道を、今度は逆方向に進む。左右には水田や畑があり、農作業中の人もいた。誰もが遠巻きに僕たちを見ている気がする。昨日の出来事は、すでに村中の知るところとなったらしい。

(まあ事故とはいえ、大事な祠を壊したのは事実だしな……)

 そもそも、村の祭の時期に余所者がいること自体、彼らにとっては特異なことなのだろう。


 無言で少し前を歩いている拓三さんに、梅さんが声をかけた。

「拓三さんは、この村の“祟り”について何か知っていますか?」

 拓三さんはちらりとこちらを振り向き、落ち着いた声で話した。

「知ってる」

「具体的に、いつ、何が起こったのですか?」

「……俺がガキの頃が初めだったと思う。村が大騒ぎになったから。この辺りは皆知り合いだし、平和な普通の村で、普段は滅多なことは起こらないんだ。それが……大きな水害が起こったあと、少しして奇病が流行った。それからうちの村だけ何人も人が死んだ。それと……」

 拓三さんは少し言い淀んだ。

「それと?」

 梅さんが促すと慌てて、いや何でもない、と打ち消して話を続けた。

「それまで、三十六年に一度、大きな祭をしていたんだ。それも、確か江戸時代に水の大災害が起こったためだと聞いている。『水神社』はその頃からあるらしい」


 立ち止まり、振り返ると僕たちの背後の西のさらに向こうを指さした。

「――山の向こうに天竜川がある。あの川は昔から水害の宝庫だったんだ。この辺りは山を一つ越えた場所にあるが、どうやら地形の関係でひとたび大きな台風が来ると大水害になりやすいらしい。そして、十数年前に再び水害が起こって祟りが続いた。だから、それから三年に一度、祭をすることになったんだ。七月十七日に」

 七月十七日、三日後に迫った祭の日だ。村長が祭の日付を動かさないと言ったのは、この日が重要な意味があるからということか。

 ――初めて会った時はものすごい不機嫌そうな顔をしていた拓三さんは、話すとそれほどつっけんどんでもなく、こちらに対して敵愾心もないように思える。雪さんと何を揉めていたのだろう、と僕は頭の片隅で思った。

 話終えると、拓三さんは再び無言で歩き出した。梅さんは何事か考えているような表情で、後を付いていく。村人たちの視線を浴びながら、僕たちは神社ある山の丘のふもとまで歩いた。


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