アミツキが産まれてからというもの、ア家の居館は、ほぼ毎日決まった時間ににぎやかになる。
それは――
「ア〜ミ〜ツ〜キ〜〜っ!! 今日のぬいぐるみはね、キツネ大明神(特大)だよっ!」
玄関を開け放ち、アサナミが弾丸のように駆け込んできた。ふわふわの銀髪を二つ結びにまとめ、手には自作と思しき特大ぬいぐるみ。狐面の模様と五色のしっぽが、やたらと自己主張している。
「わわっ、アサ姉また全力疾走していった……!」
「転ぶ前に止まって、ほらっ、アミツキ怖がるから!」
その後ろから、アマユラとアナキメが慌てて追いつく。アマユラは手に分厚い絵本を数冊、アナキメは小さな太鼓と、鈴のついた木のガラガラを大事そうに抱えていた。
居間の中央、いつもの座布団の上に――ちょこんと座っていたのは、白金の毛並みに羽のような朱金の前髪をなびかせたアミツキ。
「……クゥ?」
ぱちくり、と真紅と琥珀のオッドアイが瞬き、小さく首をかしげる。
「かわいい〜〜〜!!」
「……しっぽが! 今日もしっぽがっ……!」
「目が……おめめが、今日もきらきらしてる……っ」
三姉妹、同時に床にごろん。
床板がめり、と鳴るほどに転がりながら、鼻血寸前のテンションで悶絶している。
(また始まった……。)
アミツキはというと、毛布の中からひょこっと顔を出し、「あ〜あ」とでも言いたげに小さくため息をもらした。
でも怒るわけでもなく、むしろその様子を少し楽しんでいるようだった。
「はい、アミツキ〜〜〜! キツネ大明神、降臨っ!」
アサナミが特大ぬいぐるみを頭上に掲げると、どさっとアミツキの目の前に落とす。鼻先がぬいぐるみのしっぽにちょんと触れ、アミツキが「クゥ?」と反応する。
「……あっ、今、興味示した!示したよね!?」
「うん! じゃあもう、おままごとに決定〜〜!!」
「アミツキは村の巫女さま役ね。私は村長!」
「じゃあ私は神楽舞い手で!」
「アサナミは……そのキツネ神!」
「役割おかしくない!?」というツッコミはアマカギの心の中だけにとどめられた。
アナキメが小さな太鼓をポンポン鳴らしはじめ、アマユラが絵本の一節を読み上げながら舞う。アサナミはキツネ大明神のぬいぐるみを背中に担ぎ、突然「神託〜〜っ!!」と叫んだ。
そんな騒がしさの中心で、アミツキはちょこんと座り、
大明神のぬいぐるみに鼻を寄せてくすぐったそうに「キュン」と鳴いた。
まるで「まあ、付き合ってあげるか」とでも言いたげに。
ときどき耳をぴくりと動かして音に反応し、姉たちの動きにきちんと視線を合わせている。そう、それはまだ言葉にならぬ子どもにしては、あまりにも「よく分かっている」目線。
「……ねえ。」
「うん、分かる。」
「……見てるよね、アミツキ。」
ぴた、と姉たちが動きを止める。アミツキを一度見てから母を振り返る。
似ている。非常に似ている。うまく言えないが同じこと考えてる?って言いたくなるくらい母と妹の視線は同じ温度な気がする。
「ただの赤ちゃんじゃない気がしてきた……。」
「うん……なんかこう、“分かってる”って感じ。私たちの、全部。」
「……ま、だからって遊ぶけどね!!」
三姉妹、即座に回復。再び遊戯が爆発する。
アマユラが巻物役の絵本を掲げ、アナキメが神楽を披露し、アサナミは大明神を空中に投げた(危ない)。
アミツキは、そんな三人の姿を、目を細めて眺めていた。時折、軽く尻尾を揺らし、ゆるく頷くように。
(……しょうがないなぁ。)
その顔には、どこか大人びた余裕すらにじんでいる。
居間の隅では、アマカギが小さくため息をつき、イハナギがにこにこしながらお茶の用意をしていた。
「……娘たち、今日も絶好調だね。」
「我が家に“静けさ”が戻る日は、遠そうね。」
「戻ってくるのかな?……まあ、賑やかなのも、悪くないけど。」
縁側から差し込む光の中で、アミツキがくすくすと小さく笑った。
それが誰にも気づかれない、小さな、小さな微笑だったとしても――。
三姉妹はきっと、また明日も同じ時間に騒ぎ出すに違いない。