午後の陽光が斜めに差し込む居間で、今日もア家の平穏は――打ち砕かれた。
「よーしっ! 今日こそ私がアミツキ抱っこする番だもんね!」
「は? 先週は私が一番後だったから、今日は私が最初だって言ったじゃん!」
「順番なんかないもん! アミツキが私に来たら、それが運命だもん!!」
玄関から入った瞬間、なぜか全力で走り出した三姉妹が、そのまま居間の中央に突入。
目的はただひとつ――アミツキを、最初に抱っこすること。
「わっ、わわっ! アミツキはぬいぐるみじゃないってばぁっ!」
アマユラが叫ぶのもむなしく、アサナミとアナキメはアミツキのもとへ一直線。
藍色の毛布にちょこんとくるまれた彼女を前に、二人はピタリと同時に膝をついた。
「……クゥ?」
ふいに至近距離に迫る姉たちに、アミツキが小さく首をかしげた。
まんまるの目がぱちくりと動く。右目は真紅、左は琥珀――そのどちらにも、「またか」という静かな諦めが宿っている。
「さあ、どっち!? アミツキはどっちを選ぶの!?」
「ほら、こっちだよ〜〜、アサ姉は今日、おやつの干し芋持ってるんだよ〜〜。」
「まだアミツキはおやつたべれないでしょ。キメ姉はね、昨日から腕トレーニングしてきたから、だっこが安定してるよ!」
「もうっ、交代って言ってるのに!」
アマユラも負けじと乱入し、結果――三人がいっせいにアミツキのまわりをぐるぐる囲む形に。
アミツキはというと、されるがままにくるりと抱え上げられたり、「ふわっ」と空中に浮かされたり、次の瞬間には誰かの腕の中にすっぽり収まったり(扱いが雑だなとは思ってない決して)。
でも一度たりとも泣かず、暴れもせず。むしろ、「……あ〜あ」という顔をしながら、じっと耐えていた。
(あれは完全に、あきらめてる顔ね……。)
縁側でその様子を見ていたアマカギは、静かに立ち上がり――。
「こらっ!!!」
声が響いた瞬間、三姉妹がピタリと止まった。まるで時が凍ったかのように、アミツキを中途半端に抱いたまま固まる三人。
「アミツキは、ぬいぐるみじゃありません。」
静かに、けれども絶対的な威厳と鳳凰のごとき迫力をもってアマカギが言うと、三人は「は、はいぃ……」と情けない声でうなだれた。
一方――。
アミツキはというと、アナキメの腕の中で小さく「クゥ」と鳴いたあと、ふうっと小さくため息をついた。
(……やっぱり、こうなるよね。)
という顔で、縁側に目を向ける。その先にいる母アマカギと目が合い、ほんの一瞬、口元がくい、と笑ったように見えた。
(ほんと、しょうがないんだから。)
アマカギは、アミツキのその顔を見て、一瞬だけ眉をひそめた。
(……今、微笑んだ? 気のせい……じゃないわよね。)
だが、気づいたときにはもう、アミツキは何もなかったように、毛布にくるまり目を細めていた。
「……うーん。とりあえず、順番はちゃんと守るように。」
「「「は〜い……」」」
静かに反省する三姉妹の横で、アミツキは今日も、どこか悟ったようなまなざしで姉たちを見守っていた。
「よし、次は私の番!今度こそぎゅっと抱っこするから!」
「アサ姉、まだ十秒も経ってないよ!」
「そんなの、数えてる間に順番終わっちゃうよ!」
三姉妹の抱っこ合戦は、さっきお母さんに叱られたのに、なぜか“時間制”ルールで続いていた。
アミツキはふわふわの毛布に包まれて、小さく「クゥ」と鳴いている。
――そして、その時だった。
アサナミの腕の中で、アミツキが少し立ち上がるような動きを見せた。
「ん……?」
アサナミが首をかしげるより前に、アミツキはすっと起き上がり――。
ふらふらと不安定だけど、ととっと数歩前に歩いた。
「…………」
「…………」
「…………」
しばらくの沈黙。
それを破ったのはアナキメの声だった。
「歩いてるうううう!!」
「え!?今!?このタイミングで!?」
「抱っこじゃなくて!?足で歩いてる!足だよ!?」
三姉妹は大騒ぎ。
ぱっと距離を取りつつ見守る。
アマユラは口をぽかんと開けて、まるで奇跡の瞬間を見たかのような顔だ。
「初歩行確認……記録しなきゃ!」
「大丈夫?転ばない?クッション敷いた方がいいんじゃない?」
てんやわんやの中、アミツキは真剣な表情で、よたよたと二歩、三歩。
揺れながらも、小さな蹄で、自分の意思で歩いている。
まるで世界を自分の足で確かめるような、慎重で堂々たる歩み。
「……クゥ。」
四歩目でしゃがみ、小さく鳴いた。誇らしげに姉たちを見て、「どう?」と問いかけるような顔だ。
「かわいすぎる〜!!」
「天才だ!やっぱりアミツキは天才だよ!」
「歩いた!歩いた!アミツキが!!世界が祝福しなきゃいけない出来事だ!!」
三姉妹は感動で床に転がって悶絶。