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第17話 ころころの占い

 お昼すぎ、居住エリアの庭に、にぎやかな足音が次々と響く。


 「アミツキー!」


 「ころころ持ってきたでー!」


 「石、おみやげ!」


 声の主は、アミツキの“兄”たちと、さらにその“兄弟”たち。つまり兄の兄弟で兄のマトカラやハラカラにあたる子たちだ。


 フユミチ、フミヤマ、モトナリ、モトカネ、イサナギ、イオカミ、モハナギ、モカヅチ、フタカゼ、フサナギ……

にぎやかさが過ぎるメンバーがそろって、ぞろぞろと押しかけてきた。


 アミツキにとっては「はじめまして」の顔も多い。でも、そのことなんてどうでもよくなるくらい――みんなが、わいわいと笑っていた。


 しかも今日は、おみやげ付き。


 「これ、アミツキに!」


 「うちの一番よく転がるやつ、やる!」


 「こっちは光るで? 見ててなー!」


 小さな手にひとつ、またひとつと、ころころ石が集まってくる。アミツキは目をぱちぱちさせながら、兄たちの熱意と石の山に囲まれて、ぽやんとした。


 すると――


 「アミツキ、見てて!」


 イツキが、ぱっと手を伸ばして一個の丸い石をつかむ。


 「これ、河原で選んだやつ。ころころ~って転ががるよ。最近そういう遊びすきでしょう?」


 ころころ、と石が床を滑っていく。


 それが合図になったかのように、次々に転がされる“ころころ石”たち。


 「コロコロコロ~!」


 「そっちやー!」


 「どこ行くんやこの子!」


 「はさんだ! オレの勝ち!」


 もうそこは、ミニカー遊びならぬ、転がし石レース会場になっていた。


 アミツキも、最初は目を輝かせてその様子を見ていた。


 ――が。


 ふと、一個の石を手に取ると、ゆっくりと床に置き、ぽん、と軽く突いた。


 ころん、ころん……。


 別の石にぶつかって、角度を変え、また転がる。


 それを追うように、さらに別の石をはじいて、同じ流れにのせる。


 まるで、意図されたような連鎖。


 部屋のすみからすみへ――複雑な軌道を描いたその最後の石が、すとんと止まったところで、アミツキの動きも止まる。


 じいっ……とその場所を見つめていたかと思うと。


『やまい、きた、こわい、すずのき、あんしん』


 心伝の声が、そっとイツキとイハナギの耳に届いた。


 イツキが、えっ? と目を見開き、イハナギがすぐさま真顔になる。


 それは、誰に教えられたわけでもない。

 ただ“感じて”、ただ“見えて”、自然と「未来の気配」を言葉にしただけ。


 けれどその言葉の意味は、十分すぎるほどに重かった。


 病が来る。怖いけど、「鈴の木」が、安心させてくれる。


 「鈴の木」――世界の守りと癒しの象徴。


 未来はまだ起きていないけれど。


 今、誰もが、その言葉を信じてしまう不思議な確かさがあった。


 その声はまだたどたどしく、言葉になりきれていない。

それでも確かに、それは“伝えよう”としていた。


 ――未来の気配を。


 「イツキ。アミツキを頼む。」


 「っ……はい!」


 イハナギは言い残し、音もなく立ち去った。


 流れるような動きで屋敷を抜け、風のように回廊を駆ける。向かう先はただ一つ。


 ア家の当主――アマカギのもと。


 ちょうどそのころ。


 ア家の政殿に、一報が届いていた。


 「北西領より緊急報告――。」


 「流行り病、発生確認。罹患数は増加傾向。すでに数家に広がりつつあります。」


それを読み上げる臣官の声に、場の空気がピンと張り詰める。地図上で“北西”にあたる地域――そこはシの家門が治める領であった。


 厳冬を越え、春の端境期。


 疫の兆しは常に警戒されていたが、今年は“静かすぎる”とすら言われていた矢先だった。


 そこへ、白銀の装束を風と共にまとって、イハナギが現れる。


 「アマカギ様。」


 政殿の奥、神座に立つ朱金の瞳と、銀白の髪。アマカギが静かに目を伏せる。


 「……来たのね。」


 イハナギは、ただ一言だけを伝えた。


 「アミツキが、“告げた”のです。」


 政殿にいた者たちの間に、ざわめきが走る。


 アマカギの瞳を遮るように、前髪の飾り毛冠と呼ばれる羽根がわずかに揺れた。


「病が来る。怖い。でも、すずのき、安心――。」


 アミツキの心伝を受けたその時刻と、北西からの報が届いた時刻。


 驚くほどに一致していた。


 この国の人々は、予知や占いを「遊び」では終わらせない。子の気配が、まだ形を持たぬ前兆を感じとることは、古くからの「血の記憶」によるものとされてきた。


 しかも告げたのは、アマカギとイハナギの子――。

生まれてまだ幾月もたたぬ、“麒麟のような子”。


 アマカギは命を下す。


 「鈴の木を、北西の地に運びなさい。」


 「調整はフ家、民の派遣はモ家に要請。君役の承認はこの場で行う。」


 そして最後に、一言だけつぶやいた。


 「アミツキ……この子は、何を“見て”いるのかしら。」


 アミツキは、兄たちとまだ遊んでいた。


 石をころころ、くるくると転がしながら。

ただ、その目は時折――すでにどこか“先”を見つめているように思えた。


 北西の病に対する初動が整った頃、父たちは一度、部屋に戻ってきていた。


 イハナギが、少し疲れた顔ながらも微笑んで、アミツキにしゃがみこむ。


 「アミツキ……よく、伝えてくれたな。ありがとう。」


 アミツキは目をぱちぱちとさせたあと、ふいっと得意げに尻尾を揺らし、「くふぅ」と鳴いた。


 「よぉ言うたわぁ。……ほんま、頼もしなってきたなぁ。」


 ――フシミも隣で感心したように言う。


 その様子を見ていた兄たちは、もう目をキラキラさせている。


 「なあ、アミツキ!またなんか言える?」


 「他の“おつげ”もあるの?」


 「未来でも過去でもいいから教えてー!」


 囲まれてすっかりお山の大将気分になったアミツキは、また河原の石をころりと転がす。小さな蹄でコツンと突いて、目をすがめる。


 『……あさ……ふとん……ぬれる……』


 「……?」


 兄たちは顔を見合わせた。言葉の聞こえるイツキがそのまま皆に伝える。


 「フサナギ……モリカネ……こわす……だめ……イオカミ……たべる……ひとの……。」


 「……はッ?!」


突然の暴露に、その場が一瞬静まりかえる。


 「ちょ、ちょっと待って!?なにそれ!?」


 「“ひとの”って何食べたん!?」


 「“ぬれる”って、もしかして……!」


 フサナギ(3歳)はきょとんとした顔で空を見ている。

その兄フユミチとフミヤマが「お、おい、まさかあのときの布団か!?」「おまえ、まだ言ってなかったのにー!」と慌てふためく。


 モリカネ(10歳)は顔を真っ赤にして目をそらし「あれは……あれはな、事故や、事故……」とゴニョゴニョ言っている。


 そしてイオカミ(7歳)は涙目になって震えながら「ちがっ……ちがうの、それ、おまんじゅうに見えたから……」と謎の釈明。


 その背後で、フシミとモリタカの顔がぴくりと引きつった。


 「イオカミ。おまえ、もしかして……○○さんちの儀式用の……?」


 「モリカネ。あれ、まさか刀鍛冶の練習道具だったやつやろ……?」


 「イオカミィィ!!」


 「モリカネェェェ!!」


 怒号とともに兄たちは次々と父たちに連れ去られ、しばらく石を転がすどころの騒ぎではなくなった。


 アミツキはといえば、きょとんとしたまま、またひとつ石をつついていた。


 『ころころ……みえる、ことば、でる……おもしろい、あそび』


その目は、誰にも見えない“なにか”を――今日もまた、確かに見ていた。



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