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第18話 コロコロにもいろいろある

 その日、男子たちが縁側で控えているという話を聞きつけたアミツキは――なぜか、ものすごく使命感に燃えていた。


 ぽすっ。ぽすっ。


 白金のたてがみを揺らしながら、まだ言葉もおぼつかないその身体で、堂々と男子たちの憩う武官詰所へ。


 「え、アミツキ様……?」


 「おい、なにかあったか?」


 慌てて駆け寄る若い兵士たち。が、本人はまるで我関せずといった様子で、首からさげた袋から小さな紅玉のおはじきを取り出すと――


 『コロ、コロ……』


 音も軽やかに、詰所の床を転がす。どこか儀式のようなその仕草に、場が妙な緊張感を帯びる中、兄のイツキがようやく駆けつけた。


 「あ、アミツキ! ちょっと、説明するから待っててね!? えーと……その、アミツキがね、男子たちが羨ましがってたって聞いて、“なにかしてあげたい!”って言ってるだけで――。」


 説明している最中だった。


 アミツキはふと、転がしたおはじきのひとつをじっと見つめ、くるりと身体を向けて、ある一人の兵士の前にまっすぐ歩いていく。


 「……えっ?」


 兵士は困惑気味。アミツキはそれを意にも介さず、まんまるな目を上げて――。


 『あした! あかいはな! けっこん! おねがい!!』


「!?」


 ちょいちょいと、前足でその兵士の足をこんこん。


 「……い、いま、なんて……?」


 「えっとたぶん、たぶんだけど、“明日、赤い花のところで、結婚申し込んでください”って意味だと思う……!」


 周囲、騒然。


 「け、結婚!? 誰と!?」


 「赤い花って……どの!? どの赤い花!? いやていうか俺!? 俺なの!?」


 アミツキは更に、ぐいっと目を見開いて追い討ちをかけるように言った。


『あした! あしたのあした、だめ! あかい、はなぁ!!』


 足をまたこんこん。ついには尾をぴしりと振る。


 兄は頭を抱え、周囲の武官たちは笑いを堪えきれず、該当兵士は顔面真っ赤。


 「いやちょっと、これ、どうすればいい!? だれ!? 誰にプロポーズすればいいの俺!!」


 「たぶん、お前がずっと想ってた、あの子じゃないか……?」


 「うそ……マジで!? アミツキ様、神がかりすぎ……!」


 詰所内、妙な熱気が充満していた。


 後日、本当に「赤い花のもとで告げた兵士と、笑って涙ぐんだ侍女が共に御魂祈りを捧げた」という報告が、こっそり兄妹たちの間に広がることになる。


 「さっきのは……すごかったな……。」


 「マジか……俺も転がしてほしい……。」


 アミツキによる「明日の婚約予告」に一人の兵士が祝福に包まれ、詰所には奇妙な熱気が漂っていた。


 しかし――。


 肝心のアミツキは。


 その兵士の歓喜の声などどこ吹く風とばかりに、もう次の石をころころ始めている。


 「あっ、アミツキ様、次!? 次誰!? 俺? 俺来るか!?」


 緊張に背筋が伸びる一同。


 ころころころ……


 おはじきが跳ねた先に、アミツキの瞳がきらりと光る。


 今度、足音も軽く向かっていったのは、壮年に差しかかるひとりの武官。


 その前に立つやいなや――


 『すぐ、かえれっ!!』


 そのままの言葉を困惑しつつもイツキが伝える。その場がピキッと静まりかえる。


 「……えっ、えっ!? 帰れって、俺!? 今!?」


 イツキが慌てて通訳に走るが、本人すら困惑したようで首をかしげる。


 「……えっと、ママ……あぶない? 帰れ……?」


 皆がざわつく中、男の表情が凍った。


 「い、今……家に残してる交配相手が……。もしかして……!」


 慌ててそのまま駆け出す男を、一同ポカンと見送る。


 そして数日後、彼は涙ながらに報告した。


 「……倒れていたんです。病が悪化して……もしもう少し遅れていたら……。ありがとうございます、アミツキ様……!」


 その場にいた者たちの目に、尊敬と畏怖が混ざり始める。


 だが占いはまだ終わらない。


 アミツキは、目をキラキラさせて中年の文官へぺたぺた。


 『かえれ!かえれ!』


 「また!?」


 「今度は何だ!?」


 戸惑う相手に、今度はアミツキがしっぽをぱたぱたさせながら――


 『あたたん! おむかえっ!』


 「……赤ちゃん、迎えに行けってことらしいです。」


 「……ああッ!!」


 と、目を見開いた男。


 「御魂祈りした子の誕生、そろそろで!え!?今日!?今日生まれるの!?うそだろ!?」


 言い残すや否や、羽織をひっつかんで走り去った。


 「やばい……感動する……。」


 「アミツキ様、未来も家庭も救う……!」


 男子たち、敬意と希望に包まれる。


 が――。


 アミツキはまだやめない。


 次に向かったのは、若い青年兵。


 『ごめんなさい……』


 「……ん?」


 『かくす、だめ!!』


 「……え?」


 「えー……たぶん、“隠してること、だめ”って怒ってます。」


 「え、え、ちょっと待っ……。」


 「なんかしたか……?」


 「昨日備品棚こわしてなかったっけ、お前。」


 「それ報告した?」


 「…………いや。……まだ。」


 「てめぇーーーー!!」


 現場、凍りつく。


 次の瞬間、その青年が詰所の奥へと引きずられていった。


 全員、震えるようにアミツキを見る。


 イツキがぽつりと呟く。


 「アミツキって……未来だけじゃなくて、過去のやらかしもぜんぶ暴くから。」


 「こわっ!!」


 武官詰所に、まさかの“沈黙の恐怖”が走るのであった――。



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