その日、男子たちが縁側で控えているという話を聞きつけたアミツキは――なぜか、ものすごく使命感に燃えていた。
ぽすっ。ぽすっ。
白金のたてがみを揺らしながら、まだ言葉もおぼつかないその身体で、堂々と男子たちの憩う武官詰所へ。
「え、アミツキ様……?」
「おい、なにかあったか?」
慌てて駆け寄る若い兵士たち。が、本人はまるで我関せずといった様子で、首からさげた袋から小さな紅玉のおはじきを取り出すと――
『コロ、コロ……』
音も軽やかに、詰所の床を転がす。どこか儀式のようなその仕草に、場が妙な緊張感を帯びる中、兄のイツキがようやく駆けつけた。
「あ、アミツキ! ちょっと、説明するから待っててね!? えーと……その、アミツキがね、男子たちが羨ましがってたって聞いて、“なにかしてあげたい!”って言ってるだけで――。」
説明している最中だった。
アミツキはふと、転がしたおはじきのひとつをじっと見つめ、くるりと身体を向けて、ある一人の兵士の前にまっすぐ歩いていく。
「……えっ?」
兵士は困惑気味。アミツキはそれを意にも介さず、まんまるな目を上げて――。
『あした! あかいはな! けっこん! おねがい!!』
「!?」
ちょいちょいと、前足でその兵士の足をこんこん。
「……い、いま、なんて……?」
「えっとたぶん、たぶんだけど、“明日、赤い花のところで、結婚申し込んでください”って意味だと思う……!」
周囲、騒然。
「け、結婚!? 誰と!?」
「赤い花って……どの!? どの赤い花!? いやていうか俺!? 俺なの!?」
アミツキは更に、ぐいっと目を見開いて追い討ちをかけるように言った。
『あした! あしたのあした、だめ! あかい、はなぁ!!』
足をまたこんこん。ついには尾をぴしりと振る。
兄は頭を抱え、周囲の武官たちは笑いを堪えきれず、該当兵士は顔面真っ赤。
「いやちょっと、これ、どうすればいい!? だれ!? 誰にプロポーズすればいいの俺!!」
「たぶん、お前がずっと想ってた、あの子じゃないか……?」
「うそ……マジで!? アミツキ様、神がかりすぎ……!」
詰所内、妙な熱気が充満していた。
後日、本当に「赤い花のもとで告げた兵士と、笑って涙ぐんだ侍女が共に御魂祈りを捧げた」という報告が、こっそり兄妹たちの間に広がることになる。
「さっきのは……すごかったな……。」
「マジか……俺も転がしてほしい……。」
アミツキによる「明日の婚約予告」に一人の兵士が祝福に包まれ、詰所には奇妙な熱気が漂っていた。
しかし――。
肝心のアミツキは。
その兵士の歓喜の声などどこ吹く風とばかりに、もう次の石をころころ始めている。
「あっ、アミツキ様、次!? 次誰!? 俺? 俺来るか!?」
緊張に背筋が伸びる一同。
ころころころ……
おはじきが跳ねた先に、アミツキの瞳がきらりと光る。
今度、足音も軽く向かっていったのは、壮年に差しかかるひとりの武官。
その前に立つやいなや――
『すぐ、かえれっ!!』
そのままの言葉を困惑しつつもイツキが伝える。その場がピキッと静まりかえる。
「……えっ、えっ!? 帰れって、俺!? 今!?」
イツキが慌てて通訳に走るが、本人すら困惑したようで首をかしげる。
「……えっと、ママ……あぶない? 帰れ……?」
皆がざわつく中、男の表情が凍った。
「い、今……家に残してる交配相手が……。もしかして……!」
慌ててそのまま駆け出す男を、一同ポカンと見送る。
そして数日後、彼は涙ながらに報告した。
「……倒れていたんです。病が悪化して……もしもう少し遅れていたら……。ありがとうございます、アミツキ様……!」
その場にいた者たちの目に、尊敬と畏怖が混ざり始める。
だが占いはまだ終わらない。
アミツキは、目をキラキラさせて中年の文官へぺたぺた。
『かえれ!かえれ!』
「また!?」
「今度は何だ!?」
戸惑う相手に、今度はアミツキがしっぽをぱたぱたさせながら――
『あたたん! おむかえっ!』
「……赤ちゃん、迎えに行けってことらしいです。」
「……ああッ!!」
と、目を見開いた男。
「御魂祈りした子の誕生、そろそろで!え!?今日!?今日生まれるの!?うそだろ!?」
言い残すや否や、羽織をひっつかんで走り去った。
「やばい……感動する……。」
「アミツキ様、未来も家庭も救う……!」
男子たち、敬意と希望に包まれる。
が――。
アミツキはまだやめない。
次に向かったのは、若い青年兵。
『ごめんなさい……』
「……ん?」
『かくす、だめ!!』
「……え?」
「えー……たぶん、“隠してること、だめ”って怒ってます。」
「え、え、ちょっと待っ……。」
「なんかしたか……?」
「昨日備品棚こわしてなかったっけ、お前。」
「それ報告した?」
「…………いや。……まだ。」
「てめぇーーーー!!」
現場、凍りつく。
次の瞬間、その青年が詰所の奥へと引きずられていった。
全員、震えるようにアミツキを見る。
イツキがぽつりと呟く。
「アミツキって……未来だけじゃなくて、過去のやらかしもぜんぶ暴くから。」
「こわっ!!」
武官詰所に、まさかの“沈黙の恐怖”が走るのであった――。