王都へ近づけば近づくほどスライムは初心者冒険者の餌食になっている。
本来ならば
しかし、《ファイナルン》はこの世界の王が住まう土地。
王都全域にモンスターを感知する【ミヤ・ブルーノ】の魔法がかけられており、モンスターが《ファイナルン》の土地に足を踏み入れようものなら例え【チェンジ】で人に化けていようとも即座にバレてしまう。
加えて、補足されたモンスターは王都直属の大魔法使いが放つ最強の光魔法【ホーリーデス・シ・ニサラーセ】の光剣の雨で骨も残らず切り刻まれてしまう……らしい。
近くの集落の酒場でそんな噂を耳に挟めば、スライムの女王であるクーデレも身構える。
「最初は小手調べだ……。王都は最後の最後と決まっている」
彼女は決してビビっているわけではない。
クーデレはまず
交易都市故に《アトスコーシ》の土地は来るもの拒まず去る者追わず。
感知魔法の類は仕掛けられていないのだった。
徒歩で夜通し歩き続けて約10日、馬車ならば3日の距離だ。
彼女が情報に詳しいのは、面接を受けるつもりの街や村などには下見に行っているからだ。徒歩で。
むろん、下見が徒歩だったから徒歩で向かうわけではない。
彼女はお日様に手を伸ばす。
「……ワープル!!」
クーデレはこの日の為に近場の村の図書館にあった魔導書を読んで取得した長距離移動魔法【ワ―プル】を唱えた。
途端頭上から光り輝く魔法陣が降りてきて彼女を包みこむ。
初の中級魔法詠唱だが、うまくいったようだ。
次の瞬間、クーデレは
「おお……」
左右を見ればクーデレたちが暮らすスライムの森付近の町と比べてはるかに立派で巨大な城壁が延々と続いている。
城門をくぐる人々も様々だ。
荷車を引く商人、馬車、農家、着飾った女性や、鎧に身を包む傭兵まで……そして勿論冒険者も行き来していた。
立ち止まっているクーデレに行き来する人々と、門番の視線が突き刺さる。
(まさか、スライムだと疑われている? いや、今の私はスライムクイーンではなく完璧な受付嬢……装わねば)
「おほん……さて、受付嬢の面接に行かないと―。冒険者ギルドはどこかしら~?」
クーデレはそそくさと《アトスコーシ》の街中へ入っていく。
流石王都に近い都市と言うだけあって、道は全面レンガ造りで、両側の家々も二階建て、三階建てのコじゃれた建物が多い。
「……人間もなかなかやる」
下見で一度この光景を見ているが、華やかでありながら活気のある街の雰囲気にクーデレはやはり驚かされるばかりだった。
「やすいよやすいよ! 回復ポーション1本10ギルニーだ!」
「果物はいかが? 甘くておいしいわよ?」
「いい布が入ったんだよ見ていくかい?」
「冒険者なら鉄の鎧を着ろ! 鉄はいいぞ! 安くて硬い! 鉄だぁああああ!!」
四方八方の呼び込みと人の流れにどこか酔ったような気分になりながら、クーデレは一歩一歩目的地に歩み寄る。
目的の建物は横に広い4階建てで、豪奢な木彫りが施されていた。
看板にはギルド≪ザコガリ≫と銘打ってあり、入り口をひっきりなしに剣を携えたり、杖や弓を装備したいかにもな冒険者たちが出たり入ったりしていた。
彼らは一様にどこか殺気立っているというか……今まで感じていた人々の騒がしく陽気な喧騒がこの建物の周りにはない気がした。
(ここが冒険者たちの巣窟……スライムだとバレたら私は……)
嫌な想像を首を横に振って振り払ったクーデレは舐められたら終りだと言わんばかりに
ギルドの門扉を開いた。
バーン!!!! バギャン!!
「頼もう! 受付嬢として雇っていただきたくはせ参じた。名はクーデレだ!!」
凛々しいまでの申し出にギルドにいた全ての人間の視線が彼女にそそがれる。
その視線をキッと睨み返すようにして見回すクーデレ。
するとカウンターの奥から金銀財宝の指輪やネックレスで身を固めたでっぷりとした男が紙巻タバコを吸いながらクーデレに歩み寄った。
「ほう、元気な女だな……だが扉を破壊するような礼儀のなってねぇ女は不採用だ」
でっぷり男が指さす先を振り返ると、木製のおしゃれな扉がへし折れていた。
「し、しまった! 勢いあまりすぎたか!! 直す! 直すから是非私を受付嬢に……あ」
バギッ! ギャギ!!
クーデレが扉を直そうと思いっきり押したり轢いたりすると、扉は取り返しがつかないほどバキバキになった。
「……お前のような怪力女は雇えねぇ。出ていきな」
でっぷり男は壊れた扉の修復にとりかかり、しっしとクーデレをギルドから追い出すのだった。