その次に王都に近い
クーデレは学びを得ていたので深呼吸を繰り返す。
「大丈夫だ。次こそは受かるだろう。緊張して力を出しすぎなければ扉を壊すことはない……落ち着け、落ち着け私」
「君、そんなに怪力なの? まあいいけど……それじゃあどうしてうちで受付嬢やりたいのか志望動機を教えてよ 素直にね」
頭のハゲたギルドマスターに促された彼女は深呼吸を繰り返した後、真剣な面持ちで告げた。
「ここが(王都から)二番目に近かったからだ。(スライム達を救うため)妥協した」
「不採用で」
「何故だこのハゲ!」
「素直過ぎじゃボケ! 帰れ!! 受付嬢はもっとおしとやかじゃなきゃ務まらねーんだよバーカ!」
その後も受付嬢面接を受けるクーデレ。
「不採用だ」「不採用だね、君受付嬢舐めてるでしょ?」「顔は良いんだけどなぁ」「性格がきついね……」「その怪力……もしかして君モンスターかなにかじゃないだろうね??」などなど。
どこの冒険者ギルドも冒険者過多で受付嬢需要は高まっているはずなのだが。
何故か受からない。
「おかしい……これでは冒険者たちのスライム狩りを止められないではないか」
気づけば面接開始から3日目に突入していた。
今や王都から遠く離れ、地元の《スライムの森》へ歩いて1時間程の
中級魔導書が読み放題の図書館がある町だ。
こんな田舎町でも勿論冒険者ギルドは存在しているが、王都や都市部のギルドの活気具合と比べると動きはかなり落ち着いていた。
受付嬢として潜入するならスライム討伐クエストを活発に行っているギルドで依頼書を焼却し、冒険者たちを闇討ちしたいところだが。
(……いや、まずは家族を守れと言う神様からのお告げだろう。この田舎町で受付嬢として採用され、スライム討伐クエストをやらせぬように工夫し、冒険者共を闇討ちしていけばいい。まずは一歩を踏み出さねば)
彼女は切り替えて、《ハジメ・ノ・ムラ―》で唯一のギルド≪ロウヘイノヤカタ≫へと足を踏み入れた。
「頼もう……」
面接に落ちた経験からあくまでおしとやかに、扉は壊さないようにゆっくりと開けてギルドの中へと進む。
こじんまりとした木造建築。
内装については都市部のきらびやかさのようなものはない。
席は卓が四つとカウンター。
食事も出来るのか右手には食堂があり、腰の曲がったおばあさんが何か作っていた。
今まで見てきたギルドと比べて牧歌的で、殺伐としていない。
(……大丈夫か、ここ?)
クーデレがギルドに入るまでに悩んだ15分間、冒険者らしき人の出入りもなかった。
果たしてここは冒険者ギルドなのだろうか。
「…………あの」
食堂のおばあさんの背に話しかけようとした時だった。
「ああ、これは失礼。最近耳が遠くてのう……」
ギルド受付の奥からずんぐりむっくりした老人が姿を表した。
白髭を蓄え、柔和な顔つきの老人はクマのような手でずり落ちたメガネを直し直し、クーデレにピントを合わせる。
「ありゃ、ずいぶんと美しいお嬢さんだ。こんなド田舎のさびれたギルドに何の御用かな?」
やはり、さびれているのか……。
落胆を覚えるクーデレだが、まずは一歩、一歩だ。
彼女は受付嬢特有のスキル・営業スマイルを浮かべる。
「受付嬢としてこちらのギルドで働きたく参上いたしましたクーデレと申します……ギルドマスター様は何処におられるのでしょうか?」
受付嬢スキル・偽りの都市言葉も発揮し、丁寧に尋ねる。
「おお……! 受付嬢の面接に!! ギルドマスターはワシじゃよ。ジジと呼んでくれクーデレさん」
ずんぐりむっくりした老人・ジジは満面の笑みを浮かべた。
「ジジ様ですね。それでは面接を是非とも」
「むろん、採用じゃ」
「…………は?」
思わず素が出そうになったクーデレ。
(……今までの苦労は?)
即採用に不満すら感じる。
「実はこの間若い子が辞めてしまってギルドの活気がなくなっていたのじゃ。クーデレさんのような美しい方が受付嬢をやってくれるのならば皆喜ぶ。うちのカミさんも客がこないと嘆いていたところでの」
ジジが食堂の奥を指さすと、腰の曲がったおばあさんがこちらを向いて柔和な笑みでクーデレに会釈した。
「あ、よろしくおねがいいたします……」
会釈を返すクーデレ。
その様子に満足げに頷いたジジは改めてクーデレに掌を差し出した。
「そういうわけで、クーデレさんがよければ是非うちのギルド≪ロウヘイノヤカタ≫で受付嬢をやっていただきたい。よいかな?」
差し出された大きな掌を眺めてクーデレはしばし無言。
(色々あったけど、ようやく受かった。皆、見ていてくれ。受付嬢として皆のことを絶対に討伐させないからな……)
徒歩で一時間圏内の森に住むスライム達に想いを馳せながらクーデレは両手でジジの手を思いっきり握り返した。
「はい! こちらこそよろしくお願いいたします!」
バギィ!!
ああああああああああ!!!?
クーデレは心の中で絶叫し、目を見開いた。
ジジの大きな手を思いっきり握ってしまったのだ。
やっと受付嬢になれたからか、苦労が報われたせいで隙ができたか。
受付嬢スキル・営業スマイルも、偽りの都市言葉ですらもごまかせないスライム10000匹分の怪力。
ソレが、ジジのクマのように大きな手を握りつぶしてしまった。
「す、すすすすすみません! わた、私怪力で!! 人間の手なんて私からしたらピクシーの羽をもぐようなもので、決して私はモンスターが変身している人間とかじゃなくて、スライムでも、だす!」
もはや焦りすぎて何を言っているかわからないし、言葉遣いもぐちゃぐちゃだった。
ジジは折れ曲がった掌をじっと見下ろして考え込んでいる。
(やはり、モンスターだってバレたか!? どうすれば……)
異常な怪力はそれだけでモンスター扱いされることもあった。
冷や汗が止まらないクーデレだったが……。
「……ふむ、せいやッ!」
バギュ、ボギャ!!
変な方向に折れ曲がった手をもう片方の手で粘土をこねるようにいとも簡単に元に戻し、クーデレにほほ笑みかけた。
「大丈夫じゃ。ほれこの通り治ったわい。美しい上にお強いとはすばらしい!」
はっはっは! と何事もなかったかのように豪快に笑い飛ばすジジ。
「…………は、はぁ?」
クーデレは唖然。
セーフ? セーフかこれは?
「それじゃあ、よろしく頼みますぞクーデレさん。ワシは畑作業に出ますのじゃ」
ジジはクーデレの肩をぽんぽんと優しく叩いて、農機具を手にギルドから出て行った。
安心感からその場にへたり込むクーデレ。
どうやら首の皮一枚つながったようだ。
「良かった……これで私はやっと受付嬢だ!」
喜びと共に天井に腕を突き上げるクーデレ。
そんな彼女を食堂のお婆さんこと、ジジの妻がニコニコと見守っていた。