田舎町の夜は早い。
日が落ちる頃にはギルドも店じまいだ。
「クーデレさん今日もお疲れ様じゃの。気を付けて」
「はい、マスタージジ! お疲れ様でーす!」
≪ロウヘイノヤカタ≫を出て受付嬢スキルスイッチをオフにしたクーデレはまっすぐに帰宅する。
住居はギルドの近くのアパートを借りた。
徒歩五分だ。
「いや~、今日も働いた働いた……」
部屋に入るとクーデレはそのままベッドに寝転がった。
ふかふかのベッドはお日様の匂いがして、草原でプルプルしていた頃のことを思い出す。
このまま眠気に身を委ねてしまいたい……。
「って、ちが―う! そうじゃないぞ私! これではただの受付嬢じゃぁないか!!」
クエスト掲示板には色褪せた〖スライム討伐〗の依頼書が貼り付けられたままだし、冒険者は依然としてこの世界にはびこっている。
「そうだ闇討ち! 闇討ちだ!! 冒険者を一人減らしたからなんだという話だが……一人ずつやるしかないじゃないか!」
クーデレは完全に忘れかけていた己の使命を思い出し拳を熱く握った。
受付嬢になればどの冒険者の身元など、受付嬢権限で確認できる。
掲示板に貼り付けるクエストだって選べるし、場合によっては高難度のクエストを初級と偽って初心者冒険者たちを葬ることも可能だ。
バレなきゃ犯罪じゃない。
……まあ≪ロウヘイノヤカタ≫の冒険者たちは高難度クエストを好んで受けるバケモノみたいなジジババたちなのでそんな姑息な手は通用しないのだが。
とにかく、クーデレは田舎町の夜に繰り出した。
都市部と違って魔力外灯がなく、舗装もされていない路は星明かりでぼんやりと見えるだけだ。遠くにぽつぽつと並んでいる家の明かりが見えるが、出歩く人の姿はない。
「さて、誰を闇討ちするか……それが問題だ」
クーデレは脳裏にここ数日関わった冒険者たちの顔を思い起こす。
筋肉爺はなんか無理、魔法使いのお婆さんも炎魔法強そうだからダメ、攻城兵器ジジババは論外……。
そうなると必然的に戦えそうで、尚且つ倒しても罪悪感にかられない人物は一人しかいなかった。
「のんべぇサムライ……あいつをヤろう」
いつもいつも夜のクエストに誘ってくるあの色ボケ白髪だ。
常に革袋に入った酒を飲んでいるからか足元がおぼついていないし、倒しているのも強いモンスターと言うより素材が高価なモンスターばかり。酒を買う為だろう。
ワンチャンある。
「【サーチル】【ステテルス】」
クーデレは探索魔法と迷彩魔法を唱えた。
どちらも初級の魔法だが、頭に浮かべた対象人物の位置を捉える【サーチル】に自分の姿を消せる【ステテルス】は暗殺などでは最強の魔法と言ってもいいだろう。
実際、暗殺者などの裏家業の者は好んでこれらの魔法を使う。
【サーチル】による探知でのんべぇサムライの位置が分かった。
「カッカッカ……月が出てねーから月見酒とはいかねーが、歩き酒~、あよいよい」
いつものごとく革袋の酒を飲みながら千鳥足で妙な鼻歌を歌いつつ歩いていた。
絶好の闇討ちチャンスだ。
(落ち着け、落ち着け私……あののんべぇをヤるには近接。いや、刀に素手じゃ分が悪いな。魔法だ。初級程度じゃ無理か……せめて中級以上……最近覚えた爆破魔法【ハリセ・ンボンボ】を試すか)
【ハリセ・ンボンボ】は指定した空間に爆発する光球を発生させる中級魔法だ。
爆破後、光球からは無数の光の剣が飛び散り敵をズタズタにするちょっと残酷な魔法。
のんべぇサムライがスライムを討伐しているのを見たことはないが、これも世の為、スライムの為。
家族を守るためならばこの手を汚す覚悟がクーデレにはあった。
指先を暗闇に揺れるのんべえサムライに向けてクーデレは心の中で(悪いな)と呟きながら唱えた。
「【ハリセ・ンボンボ】!」
次の瞬間、目を焼くような光球がのんべえサムライの傍に出現。
「んあ? なんだ?」
カッ! とあたりが真昼のように明るくなる中、クーデレは見た。
のんべぇサムライが腰の刀を即座に引き抜き、【ハリセ・ンボンボ】を一閃。
爆発する前に切り伏せたのだ。というか魔法の発動そのものがなかったかのように消滅した。
(魔法を切り伏せた!?)
「ったく、誰だぁ? 俺のグレーエリートドラゴンの爪を素材にした俺の刀に斬れねぇモノなんてねえって知らねーのかぁ?」
のんべえサムライは軽く苛立っているように周囲に言い放った。
(ダメだ、失敗だ。この場は撤退するしかない……なんなんだあののんべぇ)
幸い【ステテルス】の効果で姿は見えない筈。
そろりと、クーデレが木陰から逃げ出そうとした時だった。
「そこか……」
ズバン!! いつ刀を抜いたかもわからない。
だが、次の瞬間クーデレの隠れていた木が真っ二つに切り裂かれてドッと倒れた。
「……ありゃ? 誰もいねぇ? 俺のカンも鈍ったか?」
斬ったモノを確認しに来たのんべぇサムライは額をぽりぽり革袋の中の酒をぐびぐび。やがて「ま、いっか」と千鳥足でその場を後にした。
足音が完全に途切れた頃。
「ふう、行ったか……」
倒れ伏した木の下から、にゅるんとピンク色でみずみずしいスライムが這い出してくる。
(やばかった。なんで【ステテルス】をかけていたのに私の居所がわかったんだろ。とっさに【チェンジ】を解いてスライムの姿に戻っていなかったら……闇討ちは少し考え直さないと……この町の冒険者はやっぱりヤバい)
クーデレはしょんぼりぷるるとスライムの体を震わせながら夜道をアパートに戻った。