【ワープル】で
「皆の者。私、スライムクイーンのクーデレは受付嬢としてギルドに潜入を果たした!」
わー!! 色とりどりのスライム達は喜びに震えだす。
「だが、いまだスライム討伐クエストの撤去には至らず、冒険者の闇討ちも失敗に終わった。ふがいない私をどうか許してほしい」
クーデレが頭を下げるとスライム達はざわざわ、ぷるぷると震える。
『クーデレ様よくやってるよ』『大丈夫、まだまだこれからさ!』『ぼくたちはクーデレ様の事を信じてるから大丈夫!』
そんなふうにプルプル震えるスライム達。
そんな家族の言葉にクーデレは熱いものがこみ上げてくる。
「皆の者ありがとう。私、クーデレはお前たちの期待に応え必ずやこの世の中からスライム討伐クエストなどと言うものを、スライムを狩る冒険者を根絶やしにすると……改めて誓わせてもらう」
クーデレの宣言にスライム達は飛び跳ね喜んだ。
そうだ、私は諦めない。相手がどれほど強かろうと関係ない。
家族を守るために受付嬢としてやれることをやるだけだ。
『でも、最近王都付近のスライムの森が焼き払われたって』『怖いねー』『なんで冒険者ってボクたちを殺すのかなぁ……』
お昼、ひと段落した冒険者ギルド≪ロウヘイノヤカタ≫にて。
(……冒険者どもめぇええええ!!)
クエスト掲示板の前でクーデレは鬼の形相を浮かべて初心者おススメ〖スライム討伐〗クエストを睨んでいた。
剥がそうにも剥がすわけにはいかない。
王都から届いた新しいスライム討伐クエストの依頼書は全て裏手の焼却炉に突っ込んで消し炭にしてやったが、この、昔からここに貼ってありますよと色褪せているスライム討伐の依頼書だけは【カッティーニ・ハガス・ト・シケイ】が発動するので剥がせない。
実際木の棒でつついたりしてみたが、次の瞬間には木の棒が消し炭になったので断念した。
いっそ【ファイヤ】で木造のこの建物を燃やしてしまえばいいと思うのだが……暴力に訴えるのは何か違うし、全地域のギルドを燃やして回るなんて野蛮な真似はとてもとても。
(……あれ? 闇討ちって暴力? 野蛮??)
自己矛盾にぐるぐる回るクーデレのスライム脳。
「ねえ」
目が回りそうになっていたクーデレは声を掛けられ我に返った。
「はい、なんでしょ」
う?
クーデレは目をぱちくりとさせる。
そこにいたのは老人ではなく白ローブを着た赤髪ポニーテールの少女だったからだ。
ツリ目で気が強そう、だけど線が細くて小柄。
肌はどこか病的に白かった。
杖を背負っているから魔法使い……だろうか?
「私、サーリャよ。あんたが噂の受付嬢ね?」
「あ、はい……クーデレと申します」
クーデレは受付嬢スキル・営業スマイルを浮かべ若干身構えた。
《ハジメ・ノ・ムラ―》の冒険者は見た目通りではない。
つまり、この少女もきっと普通じゃないのだろう。
少女はクーデレの横を抜けると、掲示板に手を伸ばした。
ほら来た。
〖ダイヤウルフの群れの討伐〗か? 〖人食いライノスの討伐〗か?
どちらもソロで挑んだりするクエストではない。
やはりこの少女もただものでは……。
「これにするわ。クーデレさん、このクエストお願い」
彼女は自信満々に高難度クエストの下の〖スライム討伐〗の依頼書をはがしてクーデレに渡した。
「…………んん?」
もしかしてこのサーリャという子は普通、なのか?
「どうしたの? 早く承諾してよ。私お金が欲しいの。畑手伝ってもちょっとしかお小遣いもらえないし、だから冒険者登録したのよ?」
イラつきながら身の上話をする少女。
クーデレは察した。
来た! こいつだ! こういう隙間時間のお小遣い稼ぎに……とか考える人間が増えたから冒険者が増えたのだ。そして、今まさに目の前でスライムが討伐されようとしている。
(私が受付嬢になった目的がやっと!!)
クーデレはウキウキで咳ばらいを一つ、クエスト受付カウンターに戻った。
「失礼ですがサーリャさん。あなたにスライム討伐はまだ早いと思いますが? まずはこちらのクエストでもいかがでしょう?」
彼女はサーリャに〖森の薬草つみ〗の依頼書を差し出す。
≪ロウヘイノヤカタ≫で働いていると忘れがちだが、冒険者ギルドにあるのは討伐の依頼ばかりではない。採取に護衛などの依頼だってあるのだ。
この町の冒険者は高難易度の討伐クエばかりやっておかしいのだ。
サーリャは嫌そうに顔をしかめた。
「採取の依頼って畑仕事と変わらないじゃない。それに報酬がたった5ギルニーよ? 討伐はどんなに安くても500ギルニーからなんだから……って私がスライムすら倒せないって言ってるのあんた!?」
バン! とカウンターを叩いて怒りを露わにするサーリャ。
「ええ、無理でしょうね!」
今、クーデレは受付嬢スキルではなくて、心の底からの笑みを浮かべていた。
「な、なによこの失礼な受付嬢!? いいからスライム討伐クエストを承諾して!」
「ダメです。嫌です。させません!」
「きぃいいいいい!」
(ああ、どんなに憤ろうともこの子がクエストを受けられるかどうかは私次第……。今まさに冒険者の運命を握っているのは私……スライム達よ。私今日初めて討伐阻止、したよ)
もはや感動で涙すら浮かびそうなクーデレ。
そこにギルドの裏口から畑仕事を切り上げてきたのだろうジジが現れた
「何を揉めておるんじゃ……ん? お前サーリャか? この時間は畑の手伝いをしておるはずじゃろ? 何故ここにおる?」
「ひ、人違いデスー」
サーリャはさっと顔を背け、顎をしゃくれさせた。
(……なぜしゃくれる必要が?)
ジジは目が悪いのか耳が悪いのか、それとも頭か、「む、そうか。失礼した……」と食堂の方へ向かおうとした。
「おいおいジジさんよ? 良く見なさいな、そこの娘っ子は悪ガキサーリャじゃて」
「なんかクーデレちゃんを困らせておったぞ?」
「んだんだ」
一部始終を静観していたらしい朝からエービルを飲んでいた老冒険者の皆さんが口を揃えて告げ口。
ジジはUターンして戻ってきて、サーリャの前に仁王立ちした。
「これサーリャ。お前なんでここにおるんじゃ?」
「……お、お金を稼ぎたかったから」
いじけたように答えるサーリャに、ジジはため息をつく。
「畑仕事で小遣いはやっとるじゃろ。何故それ以上求める? 都市部に移住でもしたいのか?」
「そ、それは……だって畑の手伝いだけじゃ足りないし……」
「なにがじゃ?」
サーリャは悩むように視線を彷徨わせ、何かを決意したのかジジと周りの老人たちを睨んだ。
「そうよ、この町からでていく資金がほしいの! だから畑仕事なんてしてる場合じゃないんだから! 冒険者の登録はしてる筈でしょ!? 過保護になってないで私にもクエスト受けさせてよ!!」
まるで何か溜まっていたものを吐き出すかのように告げるサーリャ。
ジジはじっと彼女を見つめ、カウンターから流れを見守っていたクーデレに振り返った。
「すまんのうクーデレさん。あんたがサーリャの実力を見抜いて引き留めていたのじゃろうが……」
「は、はい?」
(引き留めていたわけじゃないんだが、スライム討伐を阻止していただけだが……?)
「そのスライム討伐クエストをサーリャに受けさせてやってくれんか?」
「……え?」
クーデレは今まさに引きちぎろうとしていたスライム討伐クエストの依頼書を見下ろし、ジジの真剣な顔つきと見比べた。
あ、これ、断われない……。
(なんで!? どうして? やっと阻止したのに……これじゃ皆の者に被害が……!!)
助けを求めるようにクエスト掲示板に視線を向けて、クーデレの脳裏に稲妻走る。
これだ!
「あ、それでしたらジジさん。あちらの【ゴブリンの討伐】クエストはいかがでしょう? スライムと同じく初心者向けですし、報酬も1000ギルニーですし。サーリャさんにピッタリでは? それにゴブリンは昼間だと動きが鈍くなって倒しやすいというメリットが――」
受付嬢スキル・マシンガン営業トーク!
必死に説明すると「そうじゃな……?」とジジは納得。
「サーリャさんもそれでいいですよね? ね?」
サーリャは「い、いいわよそれで」とどこかぎこちなく笑ってみせた。
……まあ、ゴブリンなんてスライムと同じくらい弱いから、どんな初心者でも討伐出来るだろう。